大変革の日立製作所、勇退の和久井前監督が託した“未来”…2年目左腕へ「絶対的エースに」
日立製作所の監督を勇退した和久井勇人氏【写真:川村虎大】日立製作所の和久井勇人氏は昨年限りで監督を勇退
心残りがないわけではない。昨年限りで日立製作所の監督を勇退した和久井勇人氏にとって、都市対抗野球は現役時代から“夢の舞台”だった。オレンジ色に染まった東京ドームでグラウンドに立った時の興奮は監督になっても不変だった。「黒獅子旗を獲りたいという思いでやってきましたから」。次世代に思いを託す。
勇退を考え始めたのは一昨年、自身が60歳になるシーズンだった。2013年の就任から翌年で10年。50代を全て日立製作所の監督として過ごしてきた。
「50代のすべてを都市対抗での優勝を目指してやってきたというのは人生においてもかけがえのない時間でした。いつかは退任をしなくてはいけない。(60歳は)定年の年でもありますし、その年くらいにとは思っていました」
ともに勇退する“ミスター日立”は「足と肩があったらプロでしたよ」
そんな2期、計15年にわたる監督生活を語るうえで、欠かせないのが昨年ともに勇退した田中政則内野手だった。日立製作所一筋22年、“ミスター日立”とも呼ばれた大ベテランは、和久井氏が監督就任2年目に獲った選手だった。
「ベテランはベテランなんだけど、お荷物になるベテランじゃなかった。背中で見せるタイプで人一倍練習してきた。その分、結果も出しましたしね」
2002年に地元・水戸商から入社。当時から練習の鬼だった。「ただ、ひたすら私がノックして、みんなが帰ったグラウンドでその辺で転がっている田中の印象しかないですね。とことんやりました」。それほど期待していた。実際に高卒2年目から4番に据えた。
都市対抗優勝に必要な“絶対的エースの存在”…期待する2年目左腕
今年からはシニアアドバイザーとして林治郎監督をサポートする。同部へ初の黒獅子旗を持ち帰るためにも必要なのは“絶対的エース”の存在。長年チームの大黒柱として支えてきた田中も勇退し、今度は投手として精神的支柱が出てくることを願う。
2016年の都市対抗決勝では、トヨタ自動車の佐竹に完封負けを喫した。「あの時は佐竹が投げれば負けないって雰囲気がありましたから」。負けたら終わりの社会人野球。「絶対的なエースがいないと取りこぼしもある」。期待するのは、2年目の左腕、生井惇己投手だ。
生井は慶大4年時に左肘の靱帯断裂で手術を行い、昨季は全休。「失礼かもしれないですけど、先行投資でした。実戦経験は乏しいですけど、持っている力はある。後ろでも先発でも絶対的エースになってほしい」と期待する。
(川村虎大 / Kodai Kawamura)