汚い印象一変…日本の地下鉄は「ファンタスティック」 燕元助っ人が受け入れた異文化

元ヤクルトのトニー・バーネット氏【写真:町田利衣】
元ヤクルトのトニー・バーネット氏【写真:町田利衣】

バーネット氏は2度のセーブ王に輝き、2015年はリーグ優勝に貢献した

 元ヤクルトの守護神で、現在は編成部アドバイザーを務めるトニー・バーネット氏が、6年間を過ごした日本での生活を回顧した。2012、2015年の2度、最多セーブのタイトルを獲得。2015年はチームを14年ぶりのリーグ優勝にも導いた元助っ人が「ファンタスティック!」と大のお気に入りになったものがあった。

 それは、地下鉄だ。米アラスカ州出身だけに「ニューヨークとか主要都市にはあるけれど、乗ったことがなかった。どうしても汚いとか、安全ではないというイメージを持っていた」というが、都内に張り巡らされた地下鉄に挑戦すると、印象は一変した。

「こんな素晴らしい便利なものはない。遅れることはまずないし、綺麗で安全。ビックリしたね」

 すっかり地下鉄に魅了された男は、米国に帰ってからも乗り続けた。「ボストンとかニューヨークでは地下鉄で移動する。『何で車を使わないの?』と聞かれても『その方が時間通りに着くから』と言っていたよ。スペインにいたときも、タクシーを勧められても地下鉄の方が正確だからと断ったりしていた。本当にお気に入り。移動は地下鉄がいいね」。

1年目は不発も…2年目の救援転向が転機「自分はレアなケースだった」

 そんな柔軟性も、日本で成功した要因のひとつだろう。「文化や食べ物で苦労することはなかった。自分はオープンマインドというか、『郷に入っては郷に従え』で挑戦する。僕にとってはちょっと考えていなかったことでも、日本ではそうなんだなと何でも受け入れる気持ちを持っていた」と振り返った。

 来日1年目は先発として結果を残すことができなかったが、救援となった2年目から存在感を示した。「自分は外国人選手に対して、1年目がダメだったら2年目はないとみているし、感じている。自分はレアなケースだった。なかったはずの2年目をもらって、そこで伊藤(智仁)コーチが親身になって最大限活躍できるところを考えてくれて、ブルペンの役割がマッチするのではと言ってくれた」と感謝する。

「日本野球の経験がある人、チームメートやコーチの言うことに、向上心を持って聞く耳を持っていたからここまでできたのかなと感じました」とバーネット氏。謙虚さと挑戦心、さらに球団のサポートが最強守護神を生んでいた。

(町田利衣 / Rie Machida)

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