思い出されるマイアミの“熱狂” 吉田正尚「進めるチャンス」…上昇気配、勝負の7月へ

レッドソックス・吉田正尚【写真:Getty Images】
レッドソックス・吉田正尚【写真:Getty Images】

レッドソックス・吉田正尚が忘れられない“感触”

 白熱した試合展開で、研ぎ澄ませた神経を尖らせる。冷静な状況判断、渾身の一振りこそ、レッドソックス・吉田正尚外野手の真骨頂だ。

 メジャー2年目の今季は怪我の影響などもあり、メディアへの露出は多くはない。2日(日本時間3日)からの敵地・マーリンズ3連戦では13打数5安打の打率.385。直近5試合でも20打数7安打の打率.350と状態を上げている。

 忘れられない“感触”がある。「これまでになく冷静でした。スタジアムの熱狂も気持ちよく感じた。やっぱり集中もしていたので、打席では何も聞こえなかったですね。本当に、自分を信じて打席に入ったことだけを覚えています」。究極の“無音”を覚えたのは、昨年3月20日(同21日)、第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝、メキシコ戦。3点を追う7回2死一、二塁での打席だった。

「国際大会なのでね。いろんな国の選手がトップを目指す場所で、負ければ終わりの試合。終盤の打席でしたし、なんとか後ろに繋ぐ気持ちでした」

 終盤まで0-3と劣勢。大谷翔平投手(ドジャース)の後ろを任された「侍ジャパンの4番」が、一振りで大仕事をやってのけた。「序盤に何度もチャンスを作った中で得点できていなくて……。重苦しい雰囲気があった」。そんな空気を一変させる力を発揮したのは、カウント2-2からサウスポーのロメロが仕留めに来た、内角低め138キロのチェンジアップへの対応だった。

 即座に左手を離して、右手1本で捉えると、白球は右翼ポールに向かって伸びた。全世界の野球ファンが息を飲んだ放物線は、切れることなく起死回生の同点3ラン――。米国・マイアミ州、ローンデポ・パークの大歓声を、さらに沸き立てた。

「打った瞬間はファウルゾーンに切れるかな、と思ったんですけどね。頭の中で感覚を巻き戻すと……。『これは入ったな』と。ベンチのみんなも興奮してくれていた。アプローチを変えずで、正解でした」

「次のステップに進めるチャンス」…マイアミの奇跡は偶然ではない

 世界中を揺るがせる一振りには、確信めいた感触があった。「線で(投球)ラインをイメージしながら……。ポール際の打球が、もしあそこでファウルに切れるってことは、ボールの外側を叩いているんです。フェアゾーンに入るっていう時は、うまくボールの内側を叩けている。それがまた、左投手だったんでね。なおさら……。もっともっとボールの内側を叩かないといけない」。全神経を注ぎ、目を凝らした。

「カウントを追い込まれた分、絶対に体を開いちゃダメという意識の中で、しっかりと右肩が我慢して、ヘッドが先にうまく抜けてくれた。僕の打撃は、1つずつパーツで考えていくので。1つでも連動性が良くなかったら、その通りにはならない」。卓越したバットコントロールと、細部まで計算した駆け引きが生んだ劇的3ランだった。

 準決勝でメキシコを下し、決勝ではアメリカを倒して、侍ジャパンは3大会ぶり悲願の世界一に輝いた。吉田にとって、19年プレミア12、21年東京五輪に次いで主要国際大会3連覇を達成し、3種類の金メダルを獲得。大会MVPは投打二刀流の躍動を披露した大谷が獲得したが、大会新記録となる13打点を記録し、外野手部門での大会ベストナインに選出。吉田は間違いなく“影のMVP”だった。

 あれから1年半ほどの時が流れた。メジャー2年目の前半は怪我を乗り越え、自身と愛娘の誕生日を迎える7月に突入する。幼少期から憧れだったメジャーの舞台で奮闘を続ける日々に「良い時も悪い時もある。人生、辛いことが8割以上を占めていると思います。ただ、これは考え方1つで変わります」。丁寧に言葉を紡ぐ。

「簡単に結果が出たり、楽をして生きていると、それを『楽しい』って感じられるか、わかりません。いっぱい苦労して、遠回りしても、自分の力で掴んだものは大きい。その喜びを達成できるように地道に頑張っていくんです。もちろん、心が折れることもありますよ。だけど、その瞬間にハッと気がつくんです。『次のステップに進めるチャンス』だと。また1つ、山を迎える。それは『頂』に近づいている分岐点。向上心がなくなったら、そこが自分の終着点。夢を持つこと、熱中することが大事です。そこには悔しさや反骨心も必要なんです」

 メディア殺到、日本中が大騒ぎとなった「マイアミの奇跡」は偶然ではない。

○真柴健(ましば・けん)1994年8月、大阪府生まれ。京都産業大学卒業後の2017年に日刊スポーツ新聞社へ入社。3年間の阪神担当を経て、2020年からオリックス担当。オリックス勝利の瞬間に「おりほーツイート」するのが、ちまたで話題に。担当3年間で最下位、リーグ優勝、悲願の日本一を見届け、新聞記者を卒業。2023年からFull-Count編集部へ。

(真柴健 / Ken Mashiba)

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