ドラ1の壊れていく右肩「痛いと言ったら終わり」 1人で隠れて治療…増え続けた“爆弾”|球界群像 中田良弘#11
元阪神・中田良弘氏【写真提供:産経新聞社】中田良弘氏は1年目に右肩痛を発症…2年目は1登板、3年目は防御率7.66
怪我と付き合う日々だった。元阪神ドラフト1位右腕の中田良弘氏(野球評論家)のプロ生活は、1年目(1981年)に右肩を痛めて暗転した。2年目の1982年はわずか1登板で、3年目の1983年は18登板で0勝0敗、防御率7.66と苦しんだ。「球の切れがなくなりました」と悔しそうに話す。横浜高時代に痛めた右膝の状態も良くなく「2年目のオフに膝の軟骨を削った」という。さらに3年目のハワイ・マウイ島キャンプでは突然、握力がなくなる事態に見舞われていた。
プロ1年目の8月中旬に中田氏は右肩を痛めた。1軍に帯同しながら調整し、9月上旬には試合で投げるようになったが、痛める前の状態には戻っていなかったという。「もう全然でした。球の切れがなくなった。僕はどっちかといえば、スピードでガーッといくタイプじゃなくて、スッといくタイプ。打てそうで打てない感じ。ショートを守っていた真弓(明信)さんには『おい、ちゅんた(中田)、ようあんな真っ直ぐで抑えられるなぁ』って言われていましたからね」。
いわば打者の手元での伸び、球の切れは生命線。それが右肩痛によって思うようにいかなくなった。1年目の成績は38登板、6勝5敗8セーブ、防御率3.39。終盤は数字を伸ばせなかった。2年目にも響いた。右肩の状況はなかなか上向かなかった。「リハビリとかもやっていましたけど、今、考えてみたら、ちゃんとした治療をしていたのかなって思いますね。今じゃもっとすごい強化の仕方とかあるじゃないですか」と中田氏は何とも言えない表情で話した。
3年目キャンプで異変も首脳陣に申告できず…オフの検査で血行障害が判明
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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