“残留”断りソフトバンク就職「現場はもういい」 3度目戦力外…29歳・渡邊佑樹が異例の転身
渡邊佑樹が今季限りで引退…ソフトバンク本社に就職
未練なくユニホームを脱ぐ。昨季からソフトバンクで2年間プレーした渡邊佑樹投手が、現役引退を決断した。2017年ドラフト4位で楽天に入団し、2023年からはソフトバンクで育成選手として腕を振った29歳。今年10月7日に自身3度目の戦力外通告を受け、10月中にNPBの他球団からオファーがなければ引退すると決めていた。「(10月24日の)ドラフト会議が終わって2、3日連絡がこなかったら、もう(可能性は)ないだろうと思っていたので。徐々に決断していった感じです」と心境を明かした。
「未練みたいなものはないですね。遅かれ早かれ、活躍もできていないし、ここ2、3年はいつ(現役が)終わってもいいくらいの気持ちだったので」。覚悟を決めてプレーをしてきたからこそ、左腕は動じることもなかった。「クビになってどうしよう、とかはないですね。絶望とかも全然ない。『その時が来た』みたいな。野球ができなくなったな、とかも思わないです」。スッキリとした表情を浮かべたのも、やり切った証なのだろう。
第2の人生はユニホームからスーツに着替え、ソフトバンク本社で働くことになった。野球に関わるセカンドキャリアを選ぶこともできたが、渡邊佑はグラウンドから離れる決断をした。ソフトバンクから来季の構想外を伝えられた際に、「裏方の話もあるけど、どんな方向で考えてる?」と聞かれた。打撃投手や用具担当などの“職場”を希望すれば、球団に残ることもできたという。それでも左腕は「現場はいいです」と迷いなく断った。そこにはこんな思いがあった。
「現場で何十年も働く人って稀じゃないですか。球団スタッフは1年契約だし、5、6年で辞めて、また新たに仕事を探す人も多い。それだったら、このタイミングで社会に出て働いた方がいいのかなと思いました。来年には30歳になりますし、今かなと」。今後の人生を見据えた冷静な判断だった。「裏方さんであれば、周りも知っている人ばかりですし、ある程度はどんな感じの仕事かわかると思います。でも、先のことを考えたら、次の仕事をした方がいいのかなって。しかも、ソフトバンクって良い企業じゃないですか。だったら、このタイミングしかないなと思って」。
野球人生の終わりを静かに感じ取っていた。「元々、この歳だったので。『もし(クビに)なったらどうしよう』っていうのは、ちょっとずつ考えていたので」。決断はあくまで自らの意思だった。「他人に相談とかもしなかったですね。家族もそうです。親にも(当初は)クビになったことくらいしか報告していなかったです」。
驚いたファンの熱量…「ありがたい気持ちと申し訳ない気持ち」
新たな挑戦を前に「楽しみもあるけど、やっぱり不安ですよ」とも明かす。「最初は全く分からない中でのスタートですけど、みんなできているので、やれるのかな」とうなずく。新たな職場では営業職を担うことになる。「人と話すのは大丈夫ですけど、パソコンを使ったり、プレゼン用の資料を作ったりとかが一番不安です。パソコンを使ったのは大学でレポートを出す時くらいですよ」。少し表情を緩めながらも、新たな一歩への覚悟を口にした。
ソフトバンクに移籍して最初に衝撃を受けたのは熱心なファンの多さだった。「差し入れの数とか、支配下の選手を見ているとすごいですよね。でも、1軍に1回も行ったことがない選手にも、熱心なファンがいるじゃないですか。ホークス、すごいですよ。楽天の時は2軍でファンの人と会う機会があまりなかったから、筑後に来て『こんなにいるの?』みたいな驚きはありました」と目を丸くした。
懸命にプレーした2年間で、声を掛けてくれるファンも徐々に増えていった。「ありがたかったですね。こういうのは初めてでしたし、育成なので恥ずかしいって言ったらあれですけど。わざわざ僕のために球場に足を運んでくれた方もいましたし。とてもありがたい気持ちと、活躍できなくて申し訳ない気持ち……。両方ありますけど、とても嬉しかったです」。素直に感謝の思いを明かした。
楽天から戦力外通告を受けた際も、一度は引退を決意し、就職するつもりだった。それが、ソフトバンクからのオファーで再びユニホームに袖を通すことができた。「本当だったら一昨年で終わるはずだった野球を、もう2年もできた。いろんな人に出会えたのが一番良かった」と静かに笑みを浮かべた。「新しい道で頑張っていきたいと思っています」。楽しみと不安を抱きながらも、マウンド上での姿と変わらないクールさで新たなステージへと歩みを進める。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)