球団からの問いかけに即答「辞めます」 黄金期真っ只中、悟った限界「無理だな」
2017年、広島2連覇の瞬間を天谷宗一郎氏はグラウンドで迎えた
ホームランキャッチ(2010年)で名を馳せた元広島外野手の天谷宗一郎氏は、2018年シーズン限りで現役引退した。福井商から2001年ドラフト9巡目で入団し、17年間カープ一筋で選手生活を全うした。最後の打席は巨人・菅野智之投手の前に捕ゴロ。一塁まで全力で駆け抜けて終わった。現在は野球評論家として古巣を見つめる。2024年は通算4度目のカープジュニアの監督も務めた。「どんな形でもいいからカープや広島に恩を返していきたい」と熱く語った。
2017年9月18日の阪神戦(甲子園)に3-2で勝利。緒方孝市監督率いる広島はリーグ連覇を成し遂げた。天谷氏は途中から左翼の守備に就き、歓喜の瞬間をグラウンドで迎えた。「前の年(2016年)は優勝が決まった日に抹消になったし、2017年はその時にグラウンドにいれたってところはうれしかったなぁと思います」。最後は中崎翔太投手が伊藤隼太外野手を遊飛に打ち取って決まった。
「伊藤隼太がザキ(中崎)さんのスライダーとかをもぐって打ったら、レフトとショートとサードの間くらいにいくかなぁって。で、来たぁと思ったら(遊撃手の田中)広輔が、今まで聞いたこともないくらいの大きい声での『OK!』とかが聞こえたから、そこは譲るよって感じでしたけどね」と天谷氏は笑いながら、歓喜の瞬間を思い返した。その年は56試合で37打数7安打の打率.189に終わったが、やはり忘れられない一コマだ。
しかし、翌2018年は1軍から呼ばれなかった。「(35歳になる年で)年齢的にも、他の若い選手を見てても、そろそろたぶんっていうのは感じていたので、キャンプに行く前に妻にも『今年、最後のつもりで頑張っていくよ』と言っていたんです。2軍でも状態はそんなに悪くなかったんですよ。それでも声がかからなかった。こいつが怪我した、こいつが状態悪い、こいつが落ちるな、じゃ俺の可能性があるなと思いながら、1回、2回と通り過ぎていったんで……」。
そのあたりで天谷氏は「あ、無理だなって思った」という。「やっぱりここかなっていうタイミングがあるじゃないですか」。1度も1軍に上がることなく9月になり、球団から「どうする?」と聞かれたという。「もう他でやるつもりはなかったし、そこで『辞めます』とスパッと言いました。別に家に持ち帰ることもなく、そう伝えました」。広島がリーグ3連覇を決めた翌日の9月27日、正式に天谷氏の現役引退が発表された。
2018年限りで現役引退…2024年はカープジュニアで4度目の監督を務めた
10月4日の巨人戦(マツダ)が天谷氏の引退試合となった。「1番・中堅」で出場し、初回の守りでは中飛を処理した。「(広島の)ピッチャーが(野村)祐輔だったんですけど、センターフライを打たれるようなボールを投げていたらしいです」。その裏の最後の打席は、相手は菅野で捕ゴロだった。天谷氏は笑いながら「キャッチャーゴロで終わる人ってなかなかいないと思うんですよ。菅野はタイトルがかかっていたし、真っすぐは投げてきませんでしたね」。
すべてが思い出になった。ボール、空振り、捕ゴロ。「妻には三振だけはやめてくれって言われていたんですよ。凡退してもいいから一塁まで行く姿を見せてくれってね。それがまさかのキャッチャーゴロという奇跡でしたね」と明るく話した。
試合後にはセレモニーも行われた。「なかなかそういったことをやってもらえる人は少ないですし、『やるか』って言われて恥ずかしかったので悩んだんですけど、せっかくそう言ってもらえたし、ファンの皆さんにお礼を伝える場としてもいいのかなと思って『やらせてもらいます』と返事しました。やってよかったと思います」。ナインから胴上げされたが「回数とか覚えていないです」と笑った。
17年間、カープ一筋でプロ生活を終えた。通算成績は844試合、打率.255、27本塁打、159打点、81盗塁。右肩も左肩も痛めるなど、故障につきまとわれた。それでも天谷氏は「打った打たないより怪我が残念だったと思いますけど、まぁ、そこも含めて自分なんで……。17年もよくできたなと思います」と謙虚な言葉に終始した。
現在は野球評論家として活動中。2024年は通算4度目となるカープジュニアの監督も務めた。「一番最初に見たジュニアの子が高1になりました」。“教え子”の成長は楽しみのひとつでもある。「17年、カープでやらせてもらった恩をまだちょっとしか返せていないと思うので、どんな形でもいいから、カープとか広島に返していけるように頑張るしかないと思っています」と話した。
福井県鯖江市立中央中学の軟式野球部・川上一規先生をはじめ、天谷氏の野球人生は多くの人との出会いがあって成立している。それはこれからも続いていく。41歳。気がつけば福井よりも広島での生活が長くなった。ホームランキャッチで一世を風靡した男は広島への恩返しに熱く燃えている。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)