浦和実、甲子園メンバーは選手投票で選出 快進撃をもたらした改革「厳しさは敬遠される」

浦和実の指揮官が信頼を置く小野主将「引っ張る力がある」
春夏通じて初の甲子園となる第97回選抜高校野球大会に臨む埼玉・浦和実は、登録メンバーを選手による投票で決め、主将選出にも指導者は一切口を挟まない。平等性や責任感、自主・独立の精神を養うのが狙いだ。「変化」によってチームは成長し、悲願を達成した。
ベスト8を目指す選抜大会に向け、2月26日から3月4日まで静岡県富士市で強化合宿を行った。3月から対外試合が解禁されたことで、地元の高校チームと練習試合を組んだのだが、その対戦中にこんなやり取りがあった。
辻川正彦監督が主将の小野蓮を呼び、「ちょっとチームにおごりが出てきた。どこかのタイミングできちんと伝え、引き締めてくれないか」と大事な下命を授けた。
プレーの端々から自分たちは埼玉王者だ、関東ベスト4だ、という慢心のようなものが見えたのだろう。辻川監督が自ら諭してもよさそうな案件だが、「最近は私が雷を落とすことは少なくなり、訪ねてくるOBからも『あんなに怖かった辻川先生が優しくなった』って言われちゃうんですよ」と笑い飛ばすと、「チームを引っ張る力が抜きん出ている小野に任せています。私に言われるより小野に説教されたほうが、効き目がありますからね」と説明した。
昨年7月21日に新チームを結成すると、主将候補に名乗りを上げた3人から小野が選ばれた。「浦実に入学したのは、主将になってチームを変えたかったから。監督の信任が厚いのはうれしいし、やりがいを感じます」。小中学でも主将を務めただけに、リーダーの役どころは十分に心得ている。弁が立ち、顔付きも精かんだ。
登録メンバーは選手投票で選出「選手だから見えることがある」
今回、甲子園でベンチ入りする顔触れは選手同士の投票に委ねたが、これは昨秋の大会から取り入れた試みだ。甲子園の登録メンバー20人のうち、選手間で18人を選び、守備位置に均衡を欠いた場合などを想定し、監督とコーチで残り2人を決める予定だった。しかし最終的にはナインの意見を優先し、全員を選手投票で選出した。
「勝つためには高い技術が必要ですが、挨拶や気配り、感謝の気持ちや協調性など生活面をはじめ、道具の並べ方といった細かいところもしっかりできる選手がメンバーに入るべきだと思うんです。監督やコーチに分からないところも、選手だから見えることってありますよね」。小野は投票制度の導入について独自の意見を持っていた。丸刈りだった髪型も現チームから校則の範囲内なら自由になった。
変革によって選手の自助努力が推進され、これが総合力として実を結んだのかもしれない。辻川監督は最近になってナインとの接し方を変えた。
「監督と選手の関係ではなく、担任と生徒として付き合うようにしています。厳しさだけを追求した指導は敬遠される。そういう時代になりましたからね」と自らに言い聞かせるように話した。

外野ならどこでもこなす田谷野…甲子園で抜擢の可能性
昨秋は投手を除き、県大会と関東大会の計9試合で1度も先発オーダーに手を加えなかった。だが甲子園では外野手の変更もあり得るそうで、「今までなら勝ってきたメンバーで押し通したが、静岡遠征でものすごく好調だったので、甲子園で先発する可能性が6〜7割くらいある」と指揮官が目を細めるのが、外野ならどこでもこなす田谷野巽生だ。
公式戦出場は小鹿野にコールド勝ちした秋の県大会2回戦だけで、5回から右翼に入り1安打1打点。「落下点に素早く到達することや送球にも自信がある。緊張すると思うけど出番がきたらチームに貢献したい。その気持ちは誰にも負けません」と表情を引き締めた。
田谷野は数少ない丸刈りだ。「中学の時は伸ばしていましたが、やっぱり高校球児はこのスタイルがいい」とのこだわりを示した。
多くの選手が学校から練習場までの約12キロを自転車で通い、手狭なグラウンドでは周辺住民に考慮してフリー打撃、シートノックは禁止。室内練習場もなく、荒天時は体育館での筋トレがせいぜいだ。
「うちは寮もないし、有力私立に比べたら環境はかなり悪い。でもそういうチームが甲子園に行ったらカッコいいし、浦和学院を倒して甲子園に行ったらなおカッコいいと思った。その通りになりました。浦実に来て本当に良かった」
小野の言葉には実感がこもる。指導者とナインが一つになり、ごく平均的なチームが甲子園への道を切り開いた。
◯著者プロフィール
河野正(かわの・ただし)1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部でサッカーや野球をはじめ、多くの競技を取材。運動部長、編集委員を務め、2007年からフリーランスとなり、埼玉県内を中心に活動。新聞社時代は高校野球に長く関わり、『埼玉県高校野球史』編集にも携わった。著書に『浦和レッズ・赤き勇者たちの物語』『浦和レッズ・赤き激闘の記憶』(以上河出書房新社)『山田暢久 火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ 不滅の名語録』(朝日新聞出版)など。
(河野正 / Tadashi Kawano)
