阪神右腕が悟った終焉の時 “侮り”が生んだ絶望、相手に伝えた「お前のせいで辞めたんや」|球界群像 上田二朗#21
阪神などでプレーした上田二朗氏【写真:山口真司】上田二朗氏は1982年途中に南海から阪神に復帰…同年限りで現役引退
1973年に年間22勝をマークした伝説のアンダースロー、上田二朗氏(野球評論家)はプロ13年目の1982年に現役を引退した。シーズン途中の6月に南海から阪神に復帰したが、8登板で1勝1敗。オフに安藤統男監督から1軍投手コーチ補佐就任を要請され、承諾して区切りをつけたが、実はペナントレース中にも「やめようと思った時があった」と明かす。7月10日、舞台は横浜スタジアム。大洋の7番打者に浴びた一発に衝撃を受けたという。
1982年シーズン途中に南海から古巣・阪神に復帰した上田氏の背番号は「15」。かつて阪神でつけていた「16」は主力の岡田彰布内野手の番号とあって、南海時代と同じ番号になった。「『15番を用意しました』と言われ『空き番ですか』と聞いたらピッチャーの赤松(一朗)君(1979年ドラフト2位)がつけていたというので『僕は何番でもいいので、やめてくださいよ』と言ったんですけど『本人もOKしている』って。彼には『すまなかったなぁ』と言いましたけどね」。
そんないきさつもあったなか、6月22日のヤクルト戦(神宮)で復帰後初登板。4-4の6回に4番手で投げて1イニングを無失点に抑えた。打線が終盤に勝ち越して9-4で勝ち、阪神はこの時点で4連勝。上田氏はきっちり仕事をこなしての“再デビュー戦”となった。チームは絶好調で、その後も連勝街道をまっしぐら。1分けを挟んで10連勝で、上田氏の復帰2登板目となる本拠地・甲子園での7月2日の巨人戦を迎えた。
屋鋪要に浴びた一発は「引導を渡された感じでした」
投手コーチ補佐就任要請を承諾…現役13年で通算92勝をマーク
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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