選抜を制しても「達成感はない」 連覇へ、横浜・村田監督が語る春の戦い…目指す“両立”

横浜ナイン【写真:大利実】
横浜ナイン【写真:大利実】

選抜を制したからこそ…難しい春の県大会

 2006年以来19年ぶりに選抜を制した横浜。日本一を決めた13日後、春季神奈川県大会の初戦(3回戦)に臨み、11-0の5回コールドで市ケ尾を下し、ベスト16入りを果たした。主将・阿部葉太が3安打5打点の活躍を見せるなど、投打で地力の高さを見せた。村田浩明監督は「6番・右翼」に1年生の川上慧を抜擢。さらに、3番手投手に同じ1年生の福井那留を起用。ともにU-15侍ジャパンのメンバーで、将来の主軸候補である。勝利と育成の両立を目指し、春の戦いに挑んでいる。

 試合後、村田監督にどうしても聞いてみたいことがあった。

――春の山を下りることはできましたか?

「難しいですね。渡辺監督さん(渡辺元智氏)からも、山の話をしていただいたんですけど、難しいです、本当に。選抜が終わってからの2週間、自分自身が一番落ち着きがなかったですね。だから、今日の初戦は本当に怖かったです。選手は思っていた以上に、選抜の疲れが抜けていない。ぼくも甲子園から帰ってきて、一度も休んでいなくて。その中で勝ちにいかなければならない」

 春と夏の山は別のもの。この言葉は、村田監督の恩師である渡辺元智氏がよく言っていたことである。高い山になるほど、下山するまで時間がかかる。

「春の山を途中まで下りて、そこからまた別の山に登り始めている感覚がちょっとあります」

――渡辺先生から、「しっかりと下りなさい」と言われませんでしたか?

「しっかり下りられないんですよね……。神宮、選抜と、とてつもない高い山を登ったと思っているので、下りるのにも時間がかかる。今、ダッシュで無理やり下りようとしている感じです。でも、何が正解かわからなくて。やりながら、見つけていくしかないと思います」

横浜・阿部葉太【写真:大利実】
横浜・阿部葉太【写真:大利実】

春のテーマは「意識改革」と「本物」

 監督として初めての全国制覇。それでも、優勝を決めた瞬間、村田監督の喜びは控えめに見えた。正直、もっと感情を爆発させると思ったが……。

「まだ、達成感みたいのはないです。選手の姿を見ていても、やり切れた感じはありません。決してチームとして完成しているわけではなく、選抜でできなかったことがたくさんある。だから、この春の県大会は、選抜でやれかったことをぶつける場。春に勝つことで、チームは本物になる。『意識改革』と『本物』を春のテーマにしています」

 そのために必要なのが、「刺激」と「競争」だ。市ケ尾戦で、村田監督がその活躍を称えたのが、5番手で登板した2年生の東濱成和のピッチングだった。これが県大会デビュー。5回2死一、三塁のピンチでマウンドに上がると、渾身のストレートを投げ込み、1球でレフトフライに抑えた。

「うちにはたくさんの投手がいます。いろいろな場で使っていることもあって、『自分にもチャンスがある』と長浜グラウンドではものすごい競争が行われている。ぼくからすると、すごく嬉しい空気。お互いに鎬を削って、1球にかける想いが伝わってきます」

 選抜の決勝では、「片山大輔の1球」が話題にもなった。6回一死三塁、2ボール2ストライクの場面で起用され、腕を振ってスライダーを投げ込み、ピンチを断ち切った。

横浜・福井那留【写真:大利実】
横浜・福井那留【写真:大利実】

指揮官が沖縄出身の東濱に与えた刺激

「今日の東濱は初めてのメンバー入り。この1球のためにどれだけ準備をして、どれだけ練習をしてきたのかが見えました。それがすごく嬉しくて。こういった選手たちが切磋琢磨する中で、いろいろなチャンスがあるのが春の大会。1年生も含めて、まだまだ投手はいるので、次回に向けてまた新たな選手が出てきてほしいと思っています」(村田監督)

 沖縄出身の東濱。宜野湾ポニー時代には、現在はチームメイトの池田聖摩らとともにU-15代表に選出されている。140キロを超すストレートが武器であるが、制球面に課題があり、なかなか公式戦での登板機会を得られなかった。

 村田監督は東濱に刺激を与えるために、選抜で甲子園の土を踏ませた。激闘となった沖縄尚学との2回戦。あえてファウルボールボーイに指名し、「今度はお前があのマウンドで投げるんだぞ」とメッセージを送ったのだ。

「あそこから、東濱に火がついた。やっぱり、甲子園は人を変える場所ですね」

 選抜優勝は、あくまでも通過点。喜びに浸り続けているものは誰もいない。目の前の一日に全力を尽くし、夏の頂上に挑む。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY