イチローが女子高生に与えた影響 「大舞台に立てる」…確かに広がる“野球熱”

高まる人気に乗った第26回全国高等学校女子硬式野球選抜大会
高校女子硬式野球部の数は今、全国的に増加の一途を辿る。イチロー氏が主体となり、昨秋も東京ドームで開催された女子高校野球選抜チームのエキシビションマッチの影響も大きい。女子野球の気運が高まる中で、女子野球タウン加須市合併15周年記念と銘打った第26回全国高等学校女子硬式野球選抜大会が開催された。6日に行われた決勝戦の舞台は東京ドーム。史上最多55校が出場した大会で、女子野球の広がりを改めて感じた。【佐々木 亨】
春めいた陽気に包まれた埼玉県加須市にある「加須きずなスタジアム」に近づくにつれて、女子野球の熱が高まっていくようだ。スタジアムに着くと、大会を彩るのぼり旗やポスターが迎えてくれる。第26回全国高等学校女子硬式野球選抜大会準決勝でも、女子野球への関心の高まりを感じた。
高校の女子硬式野球では、夏の選手権大会が甲子園を目指す一方で、春の選抜大会では決勝戦の舞台となる東京ドームを目指す。準決勝で福知山成美(京都)を下して“聖地”への進出を決めた直後、履正社(大阪)の主砲・原田美月内野手(2年)は言った。
「私自身、大舞台の経験はありません。決勝でも目の前の一球に対して全力でプレーしたい。東京ドームはイチローさんのゲームなどをやっている場所なので、その舞台に立てるのは嬉しいです」
福岡県から近畿の強豪・履正社に進んだ原田の目に光がともる。
イチローさんのゲーム――。日米通算4367安打のイチロー氏が率いる「KOBE CHIBEN」と女子高校野球選抜チームによるエキシビションマッチが開催されるようになったのは2021年のことだ。神戸でスタートし、第2回から舞台を東京ドームに移して昨年で4回目を迎えた。女子高校野球の発展と強化を目的に始まった試合には、日米で活躍した松坂大輔氏、昨年は日米通算507本塁打の松井秀喜氏も加わり、真剣勝負が展開される。
毎年、マウンドに立ち続けてベストパフォーマンスを求める「投手・イチロー」の生きたボールを目の当たりにする。昨年は、怪我をおしながら打席に立つ松井氏が放った豪快なアーチに、野球の凄みと技術の高さを感じ取った。その空間では、彼女たちの野球熱がグッと高まるのだ。
「イチローさん、松井さんに声をかけていただき、大きな刺激をいただきました」。そう語ったのは、昨年の試合で女子高校野球選抜チームの一員となった花巻東(岩手)の佐々木秋羽内野手だ。今春から筑波大に進学した彼女は、東京ドームの経験もあって「いずれは女子野球を世界に広める役割を担いたい」とも語っていたものだ。
そんな声を思い返しても、エキシビションマッチが女子野球に与える影響は大きいと感じる。その余韻が残る中で行われる女子高校野球の選抜大会。目指すべく決勝戦の舞台・東京ドームは、野球と真摯に向き合う彼女たちの大きなモチベーションとなっているようだ。

史上初の3連覇「夢を全員で追い続ければ、絶対に達成する」
2015年の第16回大会以来、9大会ぶりの関西対決となった今年の決勝戦では、一塁側に陣取る履正社のスタンドにチアリーダーの応援や吹奏楽部の音色が広がった。一方の三塁側では、試合を目前に控えてフィールドに立つ神戸弘陵のベンチ入り25人とスタンドで応援する控え部員が、フェンスを隔てながら“大きな輪”を作って勝利への思いを一つにする。大会史上初となる3連覇への強いエナジーが、東京ドームを支配するようだった。
自己最速タイとなる121キロをマークした左腕エース・阿部さくら投手(3年)の力投もありながら、3年連続5回目の優勝を達成した神戸弘陵(兵庫)。主将の山本詠捕手(3年)は、成し遂げた快挙を噛みしめるかのように語るのだ。
「先輩方と比べられることは辛いこともあったんですけど、日本一を獲れてホッとしています」
神戸弘陵は昨年と一昨年の女子3大全国大会を4回制している強豪だ。大学やプロ野球女子チームも出場する昨秋の全日本選手権でも頂点を極めている。だが、現チームは当初、日本一の味を知る経験者が少なかった。昨年からレギュラーを張るのは2人だけ。新チームとして挑んだ昨秋の全国ユース大会では、クラーク仙台(宮城)に決勝で敗れた。神戸弘陵の石原康司監督が思い起こす。
「ユース大会を経験して1点の大事さ、ワンプレーの大切さを突き詰めてきた」
そのワンプレーで負けるよ。その一球で負けるよ。日々の練習では、石原監督のそんな言葉が響き渡ったという。今年の選抜大会での快挙は、「一(いち)」へのこだわりと追求の先にあった成果というわけだ。「強豪」という重圧を振り払って頂点に立った直後、東京ドームのフィールドで山本が残した言葉が印象深い。
「どんなに実力がなくても、負け続けても、日本一という夢を全員で追い続ければ、絶対に達成するということを自分自身が感じられたので、夢に向かって頑張ってほしいと思います」
野球というスポーツを楽しみ、これから「野球をやりたい」と思う小、中学生の少女たちへ向けたメッセージだ。高校野球に情熱を燃やす彼女たちにも、目指すべきもの、そして夢の場所がある。春は東京ドーム、そして夏の選手権大会決勝の舞台は甲子園球場である。準優勝に終わったが、すでに夏を見据える履正社の主将・釈迦堂愛琴捕手(3年)は言葉に力を込める。
「この春の経験を活かして、夏は良い結果を残したい。東京ドーム、そして夏に甲子園という目標があるのは、自分たちが頑張れる理由です」
広がりを見せ、競技人口が増える女子野球。今春の選抜大会にも、年々進化する技術の高さ、そして「野球」に思いを馳せる彼女たちの熱が詰まっていた。
●佐々木亨/ささき・とおる
1974年、岩手県生まれ。雑誌編集者を経て、2000年にフリーに。花巻東時代の大谷翔平投手が15歳のときから取材を続け、彼の成長と挑戦を見続ける。著書に「道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔」(扶桑社文庫)などがある。2024年に野球メディア「Full-Count」などを運営する「Creative2」に入社。高校野球、女子野球、社会人野球を中心に野球の今を伝える。音声配信「stand.fm」での「佐々木亨の野球を歩く」など、ポッドキャストでも情報を発信中。
(佐々木亨 / Toru Sasaki)