「どうせメンバー外」から始まる熱狂 東京・駒大高が伝える野球の本当の価値

東京にある駒大高・古市拓実部長の情熱
フリーアナウンサーの豊嶋彬です。10年以上、東京の高校野球の取材を続けています。前回の駒大高の川端教郎監督から「彼がいなかったらチームは回らない」と絶大な信頼を得る古市拓実部長についてお届けします。グラウンドではレギュラー選手たちの姿に目を奪われがちですが、その裏では笑顔の絶えないコーチは、ベンチ入りできなかった選手たちまで目を光らせ、懸命にチームを支えています。
取材日、私は練習場の隅で汗を流す選手たちに声をかける古市部長の姿を見ました。一人ひとりの名前を呼び、時に肩に手を置き、時に笑いを交えながら言葉をかけています。メンバー外の選手たちへの接し方は、まるで自分の子どもに語りかけるような温かさがありました。
「彼らの気持ちは本当によくわかるんです」と穏やかな表情で語る古市部長。別メニューで練習する選手も多いですが、それでも手を抜くことなく一生懸命に取り組んでいます。メンバー外になると不貞腐れてしまったり、やる気を失ったりする選手も少なくないと聞くこともあるそうですが、この日見た春大会のメンバー外練習は活気にあふれていました。
高校野球では各大会のベンチ入りメンバーを主体としたAチームと、ベンチ入りメンバーを目指すもうひとつのチーム(通称・Bチーム)と活動を分けて、競わせることが多いです。駒大高もそのひとつ。「メンバー外でも練習試合でチャンスはある。でも、1回、活躍しただけではベンチには入れない」と真剣な眼差しで語ります。前面に厳しさを出しているのではなく「Aチームで通用する思考、判断、技術をもってAチームに上がってほしい」と一度の結果にとらわれてほしくないという思いです。
そして「できればもうBチームには戻ってこないでほしい」と掴んだチャンスがずっと手中にあってほしいと心では願っていたりします。選手の悩みに共感する表情は、厳しさの中にも深い愛情を感じさせます。「相手のBチームの投手から3安打を打ったのに、なぜAチームの試合に出してくれないんだというような雰囲気の子もいます」と言います。高校生ですから、最初はあっても不思議ではないですよね。そんな時、古市先生はいつも時間をかけて一対一で向き合い、選手の話に耳を傾けるといいます。「君の気持ちはよくわかる」と必ず伝えてから「でもね」と現実も教えるそうです。
こうした状況を美化するつもりはないと率直に話します。「世の中には理不尽なことも多い。そこに応えるタフな人間に育ってほしい」。そう言いながらも、目の奥には選手たちへの深い愛情が垣間見えました。
一番嫌うのは「やらなかった後悔」だそうです。「同じ時間を過ごして練習しているんだから、最後まで全力を尽くしてほしい」と言う言葉には、選手一人ひとりの未来を真剣に考える温かさがありました。
そのために心がけているのは、メンバー外の選手にもチャンスを与えること。週末には複数の試合を組み、多くの選手を起用しています。「頑張っていたら必ずチャンスを与えよう。チャンスが全くないということだけはないようにしよう」という姿勢を貫いています。
生徒たちには、今のうちに「頑張ること」自体が評価されることの価値を教えています。「社会人になると、頑張っていも結果が出なければ評価されない。まず頑張ることの大切さを学び、そこから結果を出す意識を育てたい」と語る姿は、単なる指導者ではなく、彼らの人生の先輩として導こうとする優しさに満ちていました。
夏のメンバー選考は毎年頭を悩ませるそうです。川端監督と発表の前日まで悩み抜き、時には夜遅くまで一人ひとりの選手の名前を挙げながら真剣に議論すると言います。「この子にはこのチャンスが必要」「彼は一番努力している」と、選手たちの未来を真剣に考える姿勢が伝わってきました。それでも最終的にメンバーから外れた選手の涙ながらの表情を見るのは、「言葉にならない瞬間」だと目を潤ませながら話していました。

駒大高メンバーの“真骨頂”はその後から
しかし、駒大高野球部の真価はここから見えてきます。昨年、メンバーを外れた選手たちは「僕たち、夏の大会に向けてバッティングピッチャーをやります」と自ら名乗り出たそうです。「野球が好き」という思いを最後まで貫き、競い合ったライバルのためにサポートを惜しみませんでした。
印象的だったのは2017年の3年生たちの話です。当初は挫折から不貞腐れて、練習をさぼって公園でサッカーをしていたこともあったとか。しかし彼らと真摯に向き合い、「やるからには何でも一番を目指そう」と説いたそうです。古市部長は「バッティングピッチャーでも東京一を目指そう。夏の大会が始まったら東京一の応援を目指そう」、と。
その結果、神宮球場での夏の大会の5回戦。彼らのスタンド応援は熱気に満ち、一般観客までも巻き込む圧倒的なパフォーマンスとなりました。そのパワーは高校野球ダイジェストの番組でも取り上げられるほどでした。試合では敗れたものの、グラウンド上の選手以上に、スタンドのメンバー外の選手たちが号泣したといいます。
古市部長はほほ笑みながら言います。「野球のプレーも応援も一緒。何でもやるからには全力で」。彼らは行動で示しました。試合後、メンバー外の3年生たちは自然に集まりミーティングを始めました。涙を流しながら話す彼らを見て「やめてくれよ」と思うほど感動したと当時を振り返る古市部長の目には、父親のような愛情が溢れていました。
「あの時、彼らが自分たちで集まって話し合っていたのを見たとき、本当に教師冥利に尽きると思いました」と静かに語る姿に、生徒への深い愛情を感じました。高校野球の美しさは、グラウンドだけでなく、スタンドにもあります。選手を支える温かな眼差し、メンバーに入れなかった選手たちの全力応援。そして何より、すべての選手を我が子のように見守る古市部長の存在。駒大高の姿は、高校野球が単なる勝敗を超えた価値を持つことを教えてくれます。
今夏も彼らの活躍と、スタンドからの心のこもった応援に注目したいと思います。古市部長の優しさに満ちた指導が、きっと今年も駒大高に特別な輝きをもたらすことでしょう。
【筆者プロフィール】 ○豊嶋 彬(とよしまあきら)1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。Xのアカウントは「@toyoshimaakira」、インスタグラムは「@toyoshimaakira」。
(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)
