菅野智之が重視した「過程」 ヤ軍封じの“背景”…マウンドからの観察眼【マイ・メジャー・ノート】

ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】
ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】

移籍後自己最多の8奪三振…良かったのは「スプリットに行くまでの過程」

 オリオールズの菅野智之投手が、4月28日(日本時間同29日)のヤンキース戦で3勝目(1敗)を挙げた。同地区首位の好調打線に対し5回5安打無失点1四球と粘投し、三振は今季自己最多となる8個を記録。観察眼を駆使した投球でチームの連敗を「3」で止めた。

 チェサピーク湾につながる入り江の一番奥が「インナーハーバー」と呼ばれる風光明媚なウォーターフロントである。そこを背にする本拠地オリオール・パーク・アット・カムデンヤーズで、時折り涼風が吹いた。午後6時37分の試合開始時刻の気温は約23度。心地よい夜に、菅野は地元ファンの熱い声援を受け汗を拭いながら粘りの投球で難局を切り抜けていった。

 球数を少なくして長いイニングを投げることに先発としての矜持を持つ菅野だったが、この日はチーム打率.262、45本塁打、155得点がいずれもリーグトップの強力打線相手に序盤で62球を費やし、今季6登板目で最多の95球を投げた。奪った三振は自己最多の8個。うち5個をスプリットで決めた。

 両リーグ唯一の打率4割台(.406)をマークし、リーグ4位タイの8本塁打、同1位の27打点と絶好調をキープしている昨季のMVPアーロン・ジャッジとの勝負が注目されたが、2本のヒットを許すも3打席目にはスプリットで三振に切った。

 ブランドン・ハイド監督が「スプリットが改善すれば空振りの数ももっと増えるだろう」と試合前にコメントしたこともあり、試合後の囲みでは精度など同球種への質問が重複した。だが、菅野はその視点を正すかのように思いの丈を一気に述べた。

「スプリット単体だけで見たらもうちょっといい日があったんじゃないかなとも思います。僕がきょう良かったなと思うのが、スプリットに行くまでの過程が良くなって、今まで通りのスプリットの落とし方ができたということ。その形だけの問題だと思うんですよ。もともとのスプリット自体はそんな悪くなかったので、そこに行くまでの過程で、やっぱり真っすぐを見せていかないと、いい所から落としてもバッターは反応してくれないので」

 菅野はこうも言った。

「もともと僕はスプリットピッチャーじゃないですから。スライダーピッチャーだし。スプリットを評価されるのはまだちょっと違和感があるというか。自分の中で絶対的なボールになるまでには、もうちょっと時間が必要なのかなって気がする」

 一方、自己評価したのはスライダーだった。「6登板でたぶん一番良かったと思います、僕の中で。そのボールがあったからこそ、逆に真っすぐも生きたのかなっていう気もします」。日本と比べてメジャー使用球の高い縫い目に試行錯誤した生命線のスライダーの握りが安定したのは大きい。

 直球、シンカー、カットボール、スライダー、カーブ、スプリット。3月30日(同31日)のデビュー戦から前回4月23日(同24日)のナショナルズ戦までの5登板を経て、持ち球6球種がしっくりとくるようになった。持ち前の頭脳(投げるべきところを知っている)と技術(思ったとおりに投げられる)の連動に拍車がかかっている。

ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】
ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】

菅野の術中にはまったゴールドシュミット

 ヤンキースのテレビ実況を務めるマイケル・ケイ氏は試合前、「スガノは頭を使って投げる昔ながらのタイプ」と言っていたが、この日の投球でそれを端的に示していたのは、カージナルスから今季新加入した4番ゴールドシュミットの3打席封じであった。

 強打のフワン・ソトがメッツに移籍し、ベリンジャーとともにその穴埋めとして補強された2022年のナ・リーグMVPのゴールドシュミットは、7度の球宴出場を誇る右の強打者。今季打率.365との対決はすべて走者を背負った場面で巡ってきたが、菅野は1つのファウルを攻略のヒントにした。

「バットの軌道的にこっち側(右打者の内)に入ってくるボールに対しては、いい結果は出ないだろうなって僕は思っていた」

 それは1回表の第1打席の初球だった。

 2番ジャッジのヒットと3番ベリンジャーへの四球で1死一、二塁の場面で対峙すると、ゴールドシュミットは内角93マイル(約150キロ)のシンカーを強振。右肩が下がり気味になり詰まった右へのファウルとなった。菅野はクセのあるスイング軌道の残像からウイニングショットへの“過程”を踏んでいった。

 直球、スライダー、スプリットを混ぜカウント2-2から勝負を挑む。外寄り高め94マイル(約151キロ)の速球でこの試合最初の三振を空振りで奪った。もっとも、ラッチマン捕手のミットの位置とは反対の逆球になったが、ゴールドシュミットのスイング軌道に合うことはなかった。

「インサイドにツーシームを投げたのがちょっと引っかかって。真ん中高めぐらいだったと思うんですけど。あれは結果オーライ」

 3回の第2打席は1死一、三塁の場面だった。勝負球までの4球で1球だけ投じた速球をゴールドシュミットは打ちに出てファウル。この打席も強打者は狙い球を速球に絞っていた。ボールカウントは2-2。菅野は迷うことなく内角に沈むスプリットを決め球に選択。ゴールドシュミットは術中にはまり2打席連続の空振り三振となった。

ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:ロイター】
ヤンキース戦に登板したオリオールズ・菅野智之【写真:ロイター】

ベテランが体現したデータよりも貴重なマウンドからの情報

 こうなれば、第3打席の配球が面白くなってくる。

 5回表、2死一塁。ここもカウントは2-2だったが、配球は2打席目までとは一転。1球も速球を見せずに最後はこの日最速タイの94マイル(約151キロ)を投げ込んだ。高めのゾーンを外れる完全なボール球だったが、ゴールドシュミットは三振を警戒し短めに持ったバットを振り抜いた。打球はセンター後方へと伸びる大飛球。これをフェンス際で中堅マリンズがジャンプしグラブに収めた。「入っていたら勝っていないと思う」。味方の超ファインプレーに菅野は感謝すると、冷静にその1球を振り返った。

「最後の高めの真っすぐをあそこまで運んだっていうのも(傾向を知る)答えだと思います。力のあるボールだったと思いますが、それまで僕は1球も真っすぐを見せなかった。けど、あの球をあそこまで持っていけるっていうことはそういうバットの軌道なのかなって僕は思います」

 ゴールドシュミット封じを「秀逸な観察眼」で片づけることは簡単だ。しかし、何が見えたら配球に活かせるのか、一つの残像から描いたイメージが正しいのかどうかを菅野はこの日のマウンドで判断していった。だからこそ、打者の術中にはまることはなかった。

 昨年までのメジャー14年で通算362本塁打を放っているゴールドシュミットの傾向と弱点を把握した菅野の投球は「マウンドから得る情報はしばしばデータよりも貴重である」ことを暗示する。

 日本時代に最多勝、最優秀防御率のタイトルをそれぞれ4度獲得し、沢村賞も2度受賞。一昨年(23年)にはシーズン4勝と低迷し、投手生命は終わりとも囁かれたが、昨季は15勝3敗と完全復活。投手の総合指標で最も重視されるWHIPも0.94と両リーグトップの数字を叩き出した、菅野智之の投球術がメジャーで冴え始めた。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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