MLBのレジェンドが称賛した菅野の“異彩” 「ただ速い球で勝ち続けるのは無理」【マイ・メジャー・ノート】

オリオールズのレジェンドが語った菅野の凄み
メジャーのテレビ中継には日本のプロ野球中継とは異なる趣があると昔から言われてきた。明らかな違いは、ジョークを交えたり時には世間話を挟んだりして視聴者を楽しませようとするメジャー解説者の和やかさであろう。現役時代にファンを魅了するプレーで実績を重ねた者も、全国区の知名度はなかった者も、中継ブースに入れば共通した目的意識を持ちマイクに向かう。ただ、輝かしい実績を残した元選手の視点や経験談には、やはり独特の味わいがあり引き込まれる。
オリオールズのジム・パーマー氏はその一人。
ざっと彼の実績を紹介すると、現役19年で挙げた13度の2桁勝利のうち20勝以上が8度もある。最多勝利賞とサイ・ヤング賞をそれぞれ3度受賞。通算268勝を積み重ね1990年に有資格1年目で殿堂入りを果たした。背番号「22」はオリオールズの永久欠番になっている。
王道を歩んだ偉大なパーマー氏に、安定した投球を続けている菅野智之投手について聞いた。
「トモが日本でエースとして活躍をしたのは数年じゃないですよね。10年以上にも及んでいるじゃないですか。その間にいくつものタイトルを手にしている投手です。メジャーでも日本でもただ速い球を投げるだけの投手なら長く安定して勝ち星を重ねていくのは無理です。僕は、日本野球のレベルも知っています。1971年に日米野球で投げましたが、サダハル・オウにホームランを打たれましたからね」
パーマー氏は一度、言葉を切り、そして続けた。
「トモは、幅17インチ(約43.2センチ)のホームプレートを21インチ(約53.3センチ)へと広げる投球ができる。それは、投手としての豊かさとでも言いましょうか。トモにはプレート両端のボールゾーンそれぞれ2インチ(約5センチ)を使う“バットの芯を外す制球力”というものがあります。日本で確立した自分の投球を、ここでも遺憾なく発揮することができています」
幅43センチの五角形のゴム板をめぐる投手と打者との攻防には,その外縁部での戦いがある。手もとに食い込む150キロを超える速球を真芯で打ち返すことはどんな巧打者でも不可能だが、それが数インチ外(中)へずれれば結果は違ってくる。「ゾーンのボールの出し入れが抜群」とパーマー氏は菅野の投球を分析する。

19歳で全米を揺るがした大舞台での投球
ジム・パーマーとはどんな投手だったのか――。
190センチの上背を生かし、少し上体を反り気味にして真上から投げ下ろす真正のオーバースロー投手だった。持ち球を聞くと「直球、カーブ、スライダー、チェンジアップ」の4球種。YouTubeで見ると、その体躯を使って繰り出すカーブが印象的だ。「ナイアガラの滝」と喩えた打者もいたようだが、言い得て妙である。直球について聞くと、「意識したのはボールにバックスピンをかけること」。まだスピードガンがない時代に投手としての基礎を固めたパーマー氏いわく、「打者の近くで伸びる順回転のボールに当時のピッチャーたちは日々磨きをかけました」。
ホップする直球の修得を目指したパーマー氏が、「強者ぞろいのメジャーでは速球だけでは到底生き抜いてはいけない」と悟ったのは19歳の春だった。
1963年にオリオールズに入団すると2年後の19歳でさっそうとメジャーデビュー。同年春のキャンプで同室だった時の大投手ロビン・ロバーツ(通算286勝)から投手としての心得と投球の本質を学んでいった。「当時38歳だった大先輩を質問攻めにして眠りにつきました(笑)。かけがえのない貴重な時間でしたね」。
ジム・パーマーの名が全米に知られるようになったのは、20歳を間近にした1966年の秋だった。ドジャースとのワールドシリーズ第2戦でシーズン27勝を挙げた伝説の左腕、サンディ・コーファックスと投げ合い、4安打の完封勝利。若武者がシリーズ制覇に勢いをもたらした。打線が湿ったド軍は第3、第4戦も完封負けを喫し、33回無得点の不名誉な記録を作りシリーズ全敗で散った。

球速は平均未満でも抑える「攻めの投球」
菅野は、27日(日本時間28日)のカージナルス戦に先発し、ラーズ・ヌートバー外野手に2ランを食らうなど序盤で3失点。白星は手にできなかったが、今季11試合目の登板でリーグ6位の与四球率1.41を弾き出す4度目の無四球を記録。6回途中まで行った粘投の要因だった。
パーマー氏は、菅野を「多くの引き出しを持ち意図したところに投げ込める」と高く評価すると、最後にこう添えた。
「トモは“攻めのピッチング”をしているんですよ。はっきり言いますと、攻めるというのはガンガンと力で押して相手をねじ伏せようとすることではありません。手を替え品を替えて投球をまかなうことです。マウンドに立つ彼の姿には攻めるピッチングの定義がクリアに映っていますよ」
菅野の直球の平均球速は、メジャー平均の152キロを下回る148.8キロだが、チーム一の安定感はパーマー氏が定義した「攻めの投球」が土台になっている。
奇しくも、届いたばかりの『Baseball America』誌が球速の特集を組んでいる。160キロの豪球が珍しくなくなった時代に菅野智之は異彩を放つ――。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)