アルプス席で“悔しさ”味わい社会人野球へ 大谷龍太監督のもとで見せた花巻東OBの意地

トヨタ自動車東日本・大谷龍太監督【写真:佐々木亨】
トヨタ自動車東日本・大谷龍太監督【写真:佐々木亨】

大谷翔平実兄が指揮する"負けない野球"…9番打者の満塁弾で岩手代表に

 社会人野球の夏の祭典である都市対抗野球大会(東京ドーム)の予選が各地で行なわれている。96回目を迎えた同大会の第一次予選岩手県大会では、トヨタ自動車東日本(金ケ崎町)が岩手第1代表の座を射止めた。チームを率いるのは、ドジャース・大谷翔平投手の実兄で、今年1月に就任した大谷龍太監督。新任監督は、都市対抗予選の初陣を経て”負けない野球”を誓うのだ。

 高揚感はあったにせよ、あくまでも自然体だ。監督として初めて都市対抗予選を迎えた大谷監督は、選手たちの力を信じて挑んだ。「相手がどうこうではなく、初戦は緊張感があるもの。ただ、今やっていること、ウチの実力が結果として出るだけなので、割り切ってやるしかない」。創部14年目のトヨタ自動車東日本は、2018年に一度だけ、東北第1代表として本大会に出場している。その第89回大会にコーチ兼外野手として4番を担った大谷監督は「選手の時とは大きく違いますね」と監督として迎える予選の心境を語りながらも、こう言葉を加えた。

「試合になれば、選手と一緒に戦う感覚は常に持っています」

 落ち着き払ったベンチワークが印象的だ。常に冷静な視線を保ちながらも、勝利への熱量はたっぷりと秘めている。そんな監督の想いを体現するかのように、5月23日に行なわれたオール江刺との第一次予選岩手県大会初戦で爆発したのが、打線のしんがりを担うトヨタ自動車東日本の瀬川竜平だった。

 第1打席では、左打席から逆転の2ランアーチを右翼ポール際へ放った。第3打席の5回裏には、センターバックスクリーン横へ飛び込むダメ押しとなる満塁弾。1試合6打点は「記憶にない」と頬を緩める瀬川は、言葉に実感を込める。

「社会人まで野球をやらせてもらっているのは嬉しいこと。でも、それは自分にとって奇跡のようで当たり前ではないんです。だから、感謝をしながら、最後は全国の舞台で野球をやりたい」

4年目の"無名"選手「経験のない全国の舞台に立ちたい」

 瀬川は、花巻東高(岩手)の出身だ。夏の甲子園は12度の出場を誇る強豪校だが、瀬川は高校3年間で一度も聖地の土を踏んでいない。1年生だった2015年夏、同校は甲子園出場を果たしているが、アルプスで先輩たちの雄姿を見つめるにとどまった。3年夏は岩手県大会3回戦で盛岡中央高に敗れて高校野球を終えた。「甲子園に出られなかった代」と言う瀬川は、高校卒業後に東都リーグ2部の国士館大へ進むが、やはり全国の舞台は経験できなかった。

 それでも、地元・岩手で野球を続けるチャンスをつかんだ。入社当初、打順は1番を担うこともあったが、26歳の今年は9番に座る。「打線のつながりをよくする役目だと思っている」と言う瀬川は今、打点も稼ぎ、チームに勢いをもたらす「恐怖の9番打者」へと成長した。

「社会人でもまだ大舞台を経験していない。入社4年目にもなりますし、チームを引っ張っていく存在になっていきたい」

 瀬川は「率先垂範」を座右の銘とする。「厳しく育ててもらいました」と言う父親に教えられた言葉だという。「人の模範となって引っ張っていけるように、と。今でも心に留めている言葉です」。たとえ輝かしい実績がなくても、自らの可能性を追い求めて野球に打ち込んできた。打順は関係ない。今やるべきことや、チームに求められていることを確実にこなす。外野のポジションへ向かう時は、いつだって全力疾走だ。率先して「模範となる」行動を取り、瀬川はチームにおける自身の立ち位置を確立してきた。

 覚醒の予感が漂う瀬川は、新監督の新たなチーム作りにおいて、象徴的な存在となりつつある。都市対抗予選における新たな一歩を踏み出したトヨタ自動車東日本は、6月19日から始まる東北2次予選に進む。大谷監督は誓う。

「2次予選は、どのチームも打撃がいい。そこに負けないように。10点取られたら11点取るつもりで、とにかく負けないようにやっていきたい」

 7年ぶりの東京ドームへ向けて、岩手県第1代表として挑むチームの思いは高まるばかりだ。

○著者プロフィール 佐々木亨(ささき・とおる)
岩手県出身。雑誌編集者、フリーライターを経て2024年Full-Countを運営するCreative2に所属。著書に「道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔」(扶桑社文庫)などがある。社会人野球をファンと一緒に盛り上げていくため「stand.fm」やnoteで社会人野球の情報を中心に発信中。

(佐々木亨 / Toru Sasaki)

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