元燕・館山監督が見出した“ダイヤの原石” 大学控え投手が社会人で開花した理由
マルハン北日本カンパニーで監督を務める館山昌平氏(先頭)【写真:佐々木亨】先発マウンドを担った藤澤大翔投手に注目
ヤクルトで活躍した館山昌平監督が率いるマルハン北日本カンパニー(以下、マルハン)の“初陣”が気になり、宮城県利府町に足を運んだ。第96回都市対抗野球第一次予選宮城大会。5月24日に初戦を迎えたマルハンは、今年創部した社会人野球の企業チームだ。そこには、館山イズムが浸透する新たな組織の姿があった。
小高い場所にある利府町中央公園野球場には、上下ともに真っ赤なユニホームに包まれたマルハンの選手たちがいた。かつて、知将・野村克也氏が率いた社会人野球のシダックス(2006年廃部)によく似たユニホームを目にして、少しだけノスタルジーに浸る。野村氏と言えば、データ野球だ。その緻密なプレーや采配を受け継ぎ、ヤクルトの黄金期を築いた古田敦也氏ともバッテリーを組んでいたのが現役時代の館山監督である。
5月18日深夜に放送されたテレビ朝日「GET SPORTS」(毎週日曜深夜1時55分、関東地区)では、「データと現代野球」がテーマとなった。番組に出演した館山監督は、古田氏らと実践を交えてデータの活用法などについて語り合った。古田氏は、現役時代から投手の特徴を活かす特殊球を持つことの重要性を館山監督に伝えていたと言うが、プロでの“館山投手”が多彩な変化球を操るようになったきっかけが、そこにあったという。
眠っていた特殊球で掴んだ「試合の支配力」
「GET SPORTS」の収録時に聞いた言葉が気になって向かった都市対抗野球第一次予選宮城大会初戦では、特殊球を操って好投する投手がいた。その先発マウンドを担った藤澤大翔投手について、館山監督はこう話す。
「大学時代は主軸で投げていたわけではないので、今が一番、マークされる中で投げていると思います。そこで、彼がどういう風にピッチングをしていくかですね」
藤澤は、北海道の恵庭北高の出身だ。本人曰く「普通科しかない公立校。初戦負けが多くて、たまに2回戦に行くぐらい」の無名校。高校最後の夏は札幌地区決勝で敗れた。星槎道都大に進んだ右腕は、リーグ戦での登板機会が少なかった。「2年生の時にリリーフ1回。4年秋に先発を2回したぐらい」。それでも、社会人野球でプレーするチャンスを得た。ボールの回転数や軸の傾き、または変化量などを測定してデータ化できるラプソード。マルハンでは、その測定器を使った選手選考が行なわれたが、藤澤は「選考では人生で一番のピッチングができた」と言い切るほどに、持ち味を出し切って新たな道を切り開いた。
(佐々木亨 / Toru Sasaki)