13年ぶりの再会が紡ぐ物語 津波で自宅失った石巻工球児、震災を経験し見つけた“野球の意義”
石巻日和倶楽部でプレーする高橋正樹内野手【写真:佐々木亨】石巻工時代に出会った高橋正樹外野手は社会人で野球を続けていた
13年前に出会った高校生は、社会人野球のクラブチームでボールを追いかけていた。100年以上の歴史を持つ石巻日和倶楽部。左胸に「H」の英字が縫いこまれたユニホームに袖を通す彼は、出会ったすべての人々に感謝しながら、地元の宮城県石巻市で野球を続けるのだ。
その試合でのベンチ入りは10人だった。石巻日和倶楽部が陣取る一塁側ベンチは、守備機会を迎えると、どうしても静けさに包まれる。5月24日に行なわれた第96回都市対抗野球第一次予選宮城大会だ。青葉クラブとの初戦を終えてベンチの外に現れた1人に声をかけると、彼は笑みを浮かべてこう語った。
「野球がやりたくてもできない人もいるでしょうから、そういうところも含めて幸せな環境にいさせてもらっています。結果は別として……ウチは『やること』に意義があるチームかなあと思います」
石巻日和倶楽部での野球は「出会った人たちがいたから」
2011年3月11日に起こった東日本大震災。当時、石巻工高の野球部員だった高橋は、3年生になる直前にその震災に見舞われた。海が目の前にあった自宅は津波で流された。野球どころではない日々。それでも、未来に希望を持って歩を進めた。震災当時の記憶と、翌2012年の選抜大会に21世紀枠で出場した石巻工高の軌跡を残そうと、私は「あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる」という一冊を書いた。その取材で、2012年3月に卒業した当時の3年生部員も写真に収めたのだが、そこに高橋の姿も……。一眼レフカメラのフィルター越しに出会っていた彼との13年ぶりの再会だった。
「こうして野球をやっていることもそうですが、『今』のことは、震災当時には考えられませんでしたね」
東北学院大を卒業後、地元・石巻市に戻って水道企業団で働く高橋のその言葉には、今この瞬間を「大切に生きている」、そんな思いが滲んでいるようだった。
(佐々木亨 / Toru Sasaki)