菅野智之、憧れのイチロー氏に直立不動…緊張と感動の初対面で得たもの 濃密な11分間【マイ・メジャー・ノート】

マリナーズ戦登板翌日…憧れのイチロー氏から「すごくためになる話」
オリオールズの菅野智之投手は14日(日本時間15日)、ボルチモアでのエンゼルス戦に先発。地元ファンの前で快投は披露できず6勝目はならなかったが、初回に主砲マイク・トラウトに2ランを浴びるも、その後は持ち前の粘投を続け降板する5回途中までを4安打1失点で持ち堪えた。「苦しいときでも試合を作る」の強い信念を胸に秘める菅野は、シアトルで初対面した憧れのイチロー氏と談笑し、投球の本質に通じる大事な側面を再認識した。単独取材で明かしたその“本質”とは――。【全4回の2回目】(取材・構成=木崎英夫)
マリナーズ打線に挑み、7回を1失点に抑える快投で5勝目を挙げた翌日、4日(同5日)のことだった。取材に応じる前に、菅野は外野で体を動かしていたイチロー氏に歩み寄った。
どんな場面でも泰然としているマウンドでの雰囲気は微塵もなかった。学生時代にテレビで見ていた孤高の打者と初対面した菅野は直立不動。イチロー氏は分かっていた――。手にしたボールを人差し指と中指で挟んだその瞬間、固まっていた菅野はにこやかに笑みを浮かべた。
「内容は言えませんけど……。いやぁ、緊張も感動もしました(笑)。あのイチローさんですから。でもすごくためになるお話をたくさんしていただきました。伝授? あ、ちょっとだけ僕のスプリットの握り方とか体重移動の仕方を。え? あの後にイチローさんは投球練習をしたんですか? それは光栄です!」
和やかに終えたレジェンドとの約11分をふり返ると、菅野は、腰を下ろした三塁側のビジターダグアウトで、ここまでの12登板で感じたことを並べた。その始まりは、感性とも直感ともいえることだった。
「いつだったか、あるテレビ番組で見たんですけど、イチローさんがデータに偏る今の野球に不安を抱いているということをおっしゃっていて。頭を使わなくなっているって。それって、こっちのマウンドに立って、ああこういうことなんだなと僕も感じることがあったりします。自分で考えるという野球の本質的なところが失われてきちゃっているのではないかなって、ちょっと思いました」

登板前の欠かせぬ30分も…データだけでは導けぬ結果への根拠
毎登板前に30分以上をかけてその日の配球と組み立てを綿密に詰める大事な時間がある。「(サインに)ん? って思って投げたボールは絶対に打たれます」。データ班が収集した精緻な情報を基に、ラッチマン捕手とフレンチ投手コーチを交えて戦術を練る。それでも、結果への根拠はデータだけでは導けない。
菅野には、データとの比較でぶれない感性という軸がある。
「これは結構あったことなんですけどね。例えば、データでは内角に強いと出ているバッターと対戦した時に、ファウルの仕方やバットの軌道などを根拠にして最後はインコースで勝負できるって感じ取って。で、そこに投げて凡打にしました。そしたら『ほら、いけたでしょ』っていう気持ちになります。なんか小さな達成感みたいなものでしょうか。なので、腑に落ちないことはベンチの裏でああでもないこうでもないってアドリー(ラッチマン)とやるんです。試合中ずっとこの議論は続きます」
話を聞くうちに、牧田和久のことが不意に記憶を横切った。
西武ライオンズから2017年にパドレスに移籍したアンダースロー右腕の2年目だった。夏場のダイヤモンドバックス戦で中継ぎ登板し打ち込まれた試合後、マイナー降格を告げられた牧田は「こっちの捕手が要求するのはデータから出た相手の弱点を突く球ばっかり」と、余韻が尾を引く言葉を残しエルパソへと戻っていった。
データがなければ判断基準はかすむ。が、自分の皮膚感覚を生かし打者心理を読みながら攻める投球は投手の集中力を高める。牧田のエピソードは日本人投手が研磨する「考える投球」を代弁していた。

ラッチマンと「かなり波長は合ってきました」
ラッチマンとの呼吸が整ってきた。菅野はその確さを説明する。
「ここ3、4登板くらいからですよ、本当に合ってきたなって感じ出したのは。昨日も『ああ、多分ここでスプリット出すだろうな』とか、『さすがにここはもう続けないでしょ』とかね。僕のつぶやきと彼の考えが一つになる。かなり波長は合ってきましたよ」
前夜の試合で、イチロー氏の愛弟子としれ知られる3番フリオ・ロドリゲスと6回無死一、二塁のピンチで対峙した。外角に横滑りする初球のスイーパーを前のめりになって空振りしたことで、打ち取るイメージを描いた。決め球はスプリット。投げ分けている軌道の異なる3つから、内角へシュート気味に落とすそれを選択。3球で見逃し三振に仕留めた。
3アウトを取り菅野がベンチに戻る際、ラッチマンは必ず途中で待ち受けねぎらいの言葉をかけている。菅野も相棒の胸を軽くたたいて応える。細かく心を配れる捕手が菅野の感性に水を差すはずもない。
マリナーズの打撃練習が始まると、イチロー氏は若手選手が放つ打球を出だしよく追いかけていた。現役時代、このフィールドで超絶技巧のヒットを放つ姿とシンクロする。データを妄信せず、失敗を重ねることによって打撃技術の粋に近づいていったイチロー氏は、かつてこう言った。「僕の動きにはすべて意味があります」。
はしなくも、菅野智之とイチロー氏の邂逅(かいこう)はこんな補助線を引いた――投球も打撃も土台は、アタマ。
<第3回に続く>
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)
