「監督として何もできなかった」…目指す14年ぶりの夏の聖地へ、帝京・金田監督の覚悟

グラウンドに流れた緊張感のある雰囲気
2011年を最後に夏の甲子園から遠ざかっている帝京(東東京)が14年ぶりの聖地を目指す。昨夏の東東京大海決勝戦で甲子園準Vだった関東一に8-5で敗れた。あれから1年。選手同士が厳しさを全面に出し、練習や試合に取り組んできた。7月5日の開幕を前に東京の高校野球を取材しているフリーアナウンサーの豊嶋彬氏がレポートする。
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いよいよ夏の大会開幕まで約1か月となった6月初旬。まだ本格的な暑さではないものの、半袖で過ごす季節になった頃、私が訪れたのは帝京でした。小さな頃から夏休みの甲子園中継で何度も見てきた、あの縦縞のユニホーム。その聖地への取材は、今でも特別な気持ちにさせてくれます。
東京・板橋区にある学校に到着してまず驚いたのは、グラウンドの立派さでした。住宅街の中に堂々と構える野球場は、東東京で校舎に併設された野球グラウンドとしては珍しい存在です。さすが帝京。環境の充実ぶりにあらたあらためて感動しました。
そして始まった練習は、想像以上に厳しいものでした。しかし、その厳しさは単なる罵声ではありません。ノックでミスをすれば、グラウンド中から監督、コーチからだけでなく選手同士で「しっかりしろよ」と鋭い声が飛んでいます。次にミスをすれば、今度は自分にその矛先が向く。これは一球一球を大切にし、ワンアウトを真剣に取りに行く姿勢の表れなのです。全員が本気だからこそ生まれる、緊張感のある空気がそこにありました。
金田優哉監督に練習の厳しさについて伺うと、「最終的にはミスで負けてしまう。それはすごく悔しいことだし、そうなってほしくない。練習の中ではミスをしないということにもしっかりとこだわって練習する。本気じゃなきゃいけない」と語ってくれました。この言葉の背景には、昨年の夏の大会決勝戦での悔しい敗戦がありました。
前田名誉監督が観客を魅了したノック
野球は一球で流れが変わります。準優勝だった昨夏の東東京大会、関東一高との決勝戦について、金田監督は率直に振り返ります。「あと一歩…とも思わなかったんです。もっともっと。相手の壁は高かった。本当に弱さを感じながら試合をしていました」。5回表に4失点を喫し、4つのエラーが連鎖してしまったあの場面。「監督として何もできなかった」という悔しさが、今でも金田監督の表情から伝わってきました。
関東一高の米沢貴光監督との手腕の差はあったと感じていました。肩を落としていた金田監督をまるで近くで見ていたのか、決勝戦後の夜に一通のメッセージが届きました。送り主は早稲田実の和泉実監督でした。
「還暦過ぎた老監督の独り言です」と結ばれていたそうですが、落ち込んでいる金田監督を気遣う内容だったそうです。和泉監督も監督就任当初は甲子園に行けるまで苦しかったそうです。金田監督も同じ。その気持ちが痛いほどわかります。2人のメッセージのやりとりは、この1年、節目節目で行われていました。高校野球指導者同士の深い絆と、帝京の歴史の重みを感じさせる感動的なエピソードでした。
この夏は帝京のオリジナルのノックにも注目してほしいです。前田名誉監督から「ノックを見せなきゃダメ」とダメ出しされた金田監督が編み出したのは、超高速ノック。7分間の予定を4分半で終え、残り2分半でシチュエーション練習する独自のスタイルです。「これは帝京の名物になればいい」と語る金田監督の工夫が光ります。
話は必然的に前田名誉監督に及びました。「帝京の歴史を作った方。皆さんが連想する帝京は、前田監督が全部、作ったと言っていいと思います」。50年間築き上げた伝統への敬意と、その重責を背負う覚悟が金田監督の言葉から伝わります。「でもやっぱり前田三夫のチームなんです」。もし甲子園出場を果たせば、真っ先に前田名誉監督を胴上げしたいと語る姿に、帝京の絆の深さを感じました。
前田イズムを受け継ぎながら、金田監督らしさを加えた新しい帝京。昨年の悔しさを糧に、この夏再び頂点を目指します。あの縦縞のユニホームが甲子園で輝く日は来るのでしょうか。その答えは、まもなく始まる熱い夏の戦いで明らかになります。
【筆者プロフィール】○豊嶋彬(とよしまあきら)1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOM「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMC。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。
◇10年後の君へ Tokyo高校野球物語 JCOMでは6月28日(土)午後6時から東京の高校野球の裏側に迫る特別番組「10年後の君へ ~Tokyo高校野球物語~」を放送。東亜学園や日大三、帝京の強豪の密着からチームを支えるマネジャーや応援に欠かせない吹奏楽部や地域の人々などの活動も紹介。東京都内のJ:COMサービスエリアで放送予定。(※東京都町田市、稲城市の初回放送は6月29日の午後9時)
(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)
