身長175cmでも無双投球…21歳が起こす“錯覚” 躍進の裏にあった先輩の「物真似」

4月に1軍デビューを飾るといきなり15試合連続無失点の快進撃
滋賀・近江高時代に甲子園を沸かせたプロ3年目の21歳右腕、西武・山田陽翔投手が躍動している。中継ぎとして4月に1軍デビューを飾ると、いきなり15試合(15回1/3)連続無失点の快進撃。5月31日のオリックス戦でサヨナラソロを浴びプロ初失点を喫したが、7月3日時点で自責点はこの1点のみ。24試合1勝1敗9ホールド、防御率0.37の快投を続けている。
身長175センチとプロ野球選手としては決して大柄ではなく、ストレートの球速も140キロ台中盤。それでもシュート、ツーシーム、カットボール、フォークと多彩な変化球を駆使し、粘り強く凡打の山を築く。「しっかりチャンスをつかむことができて、自分に与えられたポジションの役割を、なんとか果たせているのかなと思います」とうなずく。
バント処理などのフィールディング、牽制球も巧みだ。6月12日に本拠地ベルーナドームで行われた阪神戦で、一塁走者の佐藤輝明内野手を刺した牽制球は鮮烈なインパクトを残した。
1-4とリードした8回、山田は1安打2四球で2死満塁という一発逆転のピンチを招き、打席に大山悠輔内野手を迎えた。山田がセットポジションに入り、チラリと二塁走者に視線を送った直後。捕手の古賀悠斗がミットをふっと下へ向け、これを合図に離れて守っていた一塁手のタイラー・ネビン外野手が一塁ベースに駆け寄り、山田は“ノールック”で振り向きざまに牽制球を送った。頭から戻った佐藤輝を見事に刺し、窮地を脱した。鮮やかなサインプレーだった。山田は「おまえはそういうところを強みにしていけと、豊田(清投手チーフコーチ)さんから言われています」と笑う。
昨季まで1軍登板がなく、イースタン・リーグでも昨季13試合0勝3敗、防御率6.75にとどまった。今季、一気に飛躍を遂げた要因はどこにあるのだろうか。本人は「一番は、投球フォームが安定して制球がよくなったことだと思います」と自己分析する。
昨年の夏、左足をあまり高く上げず、すり足に近い形で体重移動する現在のフォームに変更した。ドジャースの山本由伸投手にも似ているが、山田は「(同僚の)森脇(亮介投手)さんの真似から始めさせていただきました」と明かす。

身長175センチでも“180センチ並み”に高いリリースポイント
森脇はいったん左足を高く上げた後、脱力して棒立ちに近い状態になり、そこから加速して腕を振る独特のフォームで、2020年から3年連続40試合以上に登板するなど中継ぎとして活躍した32歳の右腕。2023年に「右上腕動脈閉鎖症」を患い、昨季から育成選手として復帰を目指しているところだ。
山田は「当時の自分は球速が出ない、制球もばらつくという最悪の状態でした」と振り返り、「左足を上げた時に軸足(右足)が折れて斜め上を見上げるような形になり、体重移動の際にマウンドの傾斜に反した動きになってしまって、うまくボールに力を伝えられていませんでした。それを直すために、軸足を折らないフォームに変えることになりました」と説明する。
「武隈(祥太データ統括チーフ兼ヘッドアナリスト)さんに相談したところ、『それなら森脇の真似をしたらいい』とアドバイスをいただき、夏頃にカーミニーク(ファーム本拠地球場のCAR3219フィールド)で森脇さんとキャッチボールをさせていただきながら、フォームをつくっていきました」
フォーム変更は徐々に体になじんでいった。「フォームが固まってきたら制球も落ち着き、状況や相手打者のことを考えられるようになりました。今思えば、フォームを気にして“自分と戦いながら”投げているうちは、結果が出ないのも当然でした」。
昨年11月下旬からは台湾で開催されたアジア・ウインターリーグに派遣され“新球”のシュートに磨きをかけた。「自分はもともと140キロ台のストレートが“真っスラ”気味で、130キロ台のカットボールもある。ですから、130キロ台のツーシームに加えて、バランス的にストレートと対になる140キロ台の変化球が欲しいと思っていました」。“真っスラ”と同じ球速帯で、なおかつ逆方向に曲がる変化球があれば幅が広がると考えていたのだ。実際、持ち球にシュートが加わったことは、今季の躍進に不可欠な要素だろう。
また、ボールをリリースする位置が高く、垂直に近い所から投げ下ろすのも山田のフォームの特長だ。「自分は175センチですが、リリースの高さは180センチ台の選手が普通に投げる高さだそうです」と胸を張る。大多数の他の投手と違った角度からボールが放たれることも、相手打者にとって打ちづらい一因かもしれない。「できればスイーパーを覚えたいのですが、自分はこういう“縦投げ”なので、横に大きく曲げるのはめっちゃ難しいんですよ」と苦笑した。
近江高時代には3季連続甲子園出場を果たし、ベスト4、準優勝、ベスト4。投打にわたる奮闘で野球ファンの胸をわしづかみにした男は、プロでも“自分ならではのフォーム”を手に入れ、働き場所を切り開きつつある。
(Full-Count編集部)

