“慶応旋風”の再来へ…ノーシードから躍進のカギは? 指揮官が描く「勝ち筋」

慶応・山田望意主将【写真:大利実】慶応・山田望意主将【写真:大利実】

107分の1の強運を引き当てて掴んだ“大役”

「KEIO日本一」の目標を果たした2023年夏、アルプス席で応援していた1年生が今はチームの主力となっている。昨秋は準々決勝で平塚学園に、春は3回戦で横浜商大に敗れ、夏はノーシードからの戦いになる。再び慶応旋風を巻き起こすためのカギは何か――。

 6月14日に行われた夏の神奈川大会の抽選会。トーナメントがすべて決まったあと、立候補者による抽選で選手宣誓の大役が選ばれた。107校が立候補し、幸運を掴んだのが慶応義塾だった。練習試合に出場していた山田望意主将の代わりに出席した、田中良汰主務が引き当てた。

「『やりたい』とは言っていたんですけど、まさか引き当てるとは思っていなくて。でも、実際にやるとなってから実感が湧いてきて、いい機会だとプラスに捉えています」

 愛知・岡崎中央ボーイズ出身の山田。人間性を買われて、選手間投票ではほぼ満票で主将に選ばれた。理想の主将像は、福井章吾(大阪桐蔭~慶應義塾大~トヨタ自動車)、そして2年前の主将・大村昊澄(慶應義塾大2年)だ。大村とは今も交流が深く、さまざまなアドバイスをもらう。

「『我慢したらダメ。思ったことがあれば、その場ですぐに言う。伝えたいことはひとつに絞る』。大村さんから教わって、一番大事にしていることです」

 ポジションは控え捕手。この夏は背番号12を着ける。

「レギュラーではないので、最初は周りに強く言うことに怖さがありました。『お前、野球うまくないやん』と言われるような気がして。でも、やっていくうちに自分がどう思われようが、チームが強くなるのならそれでいいと思えるようになりました」

ホワイトボードを使ってミーティングする慶応ナイン【写真:大利実】ホワイトボードを使ってミーティングする慶応ナイン【写真:大利実】

森林監督も評価する山田「きちんと言葉にできる」

 森林貴彦監督は「大村に重なるところがある」とキャプテンシーを評価する。「山田の良さは、自分の想いを言葉にして伝えられること。仲間に対するダメ出しもきちんと言葉にできる。日頃の取り組みから、『山田が言うなら』と周りが納得できる力も持っています」。

 言葉を大事にしてきた山田が選手宣誓を務めるのも、何かの運命か。

「宣誓で一番伝えたいのは……、対戦相手はライバルではあるけど、敵ではなくて一緒に野球をやっている仲間。お互いにリスペクトの精神を持って、ナイスプレーは称え合う気持ちを大切にしたい。ひとりでは野球はできないので。あと、慶應が大事にしているメンタルの考え、『ありがとう』『チャレンジ』『いい顔』を入れています」

 この3つの言葉は「何か物事に迷ったときに戻ることができる原点」と表現する。「周りへの感謝の気持ちや目標への取り組み方が、すべてこの言葉に集約されていると思います」。

慶応・酒井一玖【写真:大利実】慶応・酒井一玖【写真:大利実】

他界した恩師のため、負けられない夏の戦い

「ありがとう」「チャレンジ」「いい顔」

 これを体現していたのが、日本一を果たした2023年の世代だった。苦しい場面でこそ、いい表情で野球をする。相手の好プレーに拍手を送る。現状に満足せず、常に上を目指す。

「先輩たちから感じたのは、どこの学校よりも笑顔で、甲子園を楽しんでいたこと。強い相手でもきつい場面でも、心の底から楽しんでいた。これが、エンジョイ・ベースボールなんだなと感じました」

 1番・二塁を任されている酒井一玖の言葉だ。高校通算16発と長打力が魅力のトップバッターである。昨夏もレギュラーで出場したが、5回戦で桐蔭学園に2-4で敗れた。「ヒヤヒヤする展開で、あの緊張感を全然楽しめませんでした」。先輩たちの偉大さをより実感する一戦となった。

 今夏、酒井には負けられない理由がある。中学時代(江戸川区立上一色中)の恩師・西尾弘幸先生が4月30日、病気のためこの世を去った。「西尾先生に教わりたい」と上一色中を選び(江戸川区は学校選択制)、中3夏には全日本少年軟式野球大会で優勝。慶應義塾に進んだのも西尾先生の紹介があったからだ。

「先生がいなかったら、今の自分はいません。中学校の野球が本当に楽しくて、楽しくて。先生に会うと元気になれるというか、周りを明るくする先生で、自分もそういう人間になりたいと思っています」

 訃報が届いた数日後、酒井は帽子のツバに『生命力』と力強く書き込んだ。上一色中野球部のスローガンである。

「本当に悲しくて、西尾先生のことを思い出していたら、この言葉を自然に書いていました。自分が考える『生命力』は、終盤や土壇場で発揮する力。夏は西尾先生のパワーも借りて、絶対に優勝したいです」

マウンドに集まる慶応ナイン【写真:大利実】マウンドに集まる慶応ナイン【写真:大利実】

投手陣の継投が甲子園出場のカギに

 昨年、森林監督がよく口にしていた言葉がある。「勝ち筋、勝算が見えるかどうか」。

 神奈川で7つや8つ勝つために、どんな展開に持ち込むか。その勝ち筋が見えなければ、優勝を手にすることはできない。ならば、今年の慶応義塾の「勝ち筋」はどこにあるか。

「攻撃力に関しては、日本一になった2年前と遜色ないと感じています。経験値も能力もそこまで変わらず、トレーニング系の数値を見てもほとんど同じぐらいです」

 中軸の江戸佑太郎は高校通算30発の長距離砲で、三番を打つ青木佑真はコンタクト能力に長けた好打者。5番や6番に座る原遼希も通算12発のパワーを持つ。

「カギは投手陣。監督の継投がハマるかどうか。一戦必勝ではありますが、決勝から逆算して起用することを考えています」

 昨秋の平塚学園戦は9回を迎えるまで4-1とリードする理想の展開も、9回裏に追いつかれて、タイブレークでサヨナラ負け。春の横浜商大戦も、終盤3イニングで4点を失い、逆転負けを喫した。

「今年は絶対的なエースがいません。だからこそ、投手陣全体でうまく分担していって、勝ちながら勢いをつけていきたい。監督の割り切りや度胸も必要だと思っています」

 背番号1を着けるのは、仙台から文武両道に憧れて慶応義塾に入学した関矢健人(3年)。2年生の6月に背中を痛め、思うように投げられない時期が続いたが、状態は徐々に上がっている。球速表示以上に感じるキレのいいストレートが武器だ。

「この代はずっと、ピッチャーで負けている。自分を含めた3年生のピッチャーがなかなか役割を果たせなくて……。テンポが悪いので、0点に抑えたイニングでも、重たい試合展開になることが多い。夏こそ、野手を生かせるピッチングをしたいです」と関矢は意気込む。

 投手陣には左の品川千尋(3年)、昨秋エース格として活躍した寺本光希(2年)、そして投打で能力の高さが光る湯本琢心(1年)が控える。湯本は、森林監督も高い期待を送る1年生だ。

「慶應の歴史を見ると、こういう年は1年生が活躍することが多い。湯本は経験値が高く、バッターを恐れていない。『こうやって抑えればいいんでしょう』という感じで投げることができる。1年生なので無理はさせませんが、大きな戦力であるのは間違いありません」

選手宣誓で始まる夏「優勝インタビューで締めたい」

 毎年、慶応義塾のベンチにはさまざまな言葉が貼られている。今年、もっとも印象に残ったのは「規律」と書かれた1枚の紙だった。

「挨拶、返事は大きくはっきりとしろ」「今ある環境を最高の状態で保て」といった言葉が並ぶ中で、最後にこの一文があった。

「自分がいないと日本一になれないと胸を張って言えるか?」

 主将の山田を中心に幹部ミーティングで考えた言葉だという。部員103人。推薦入試、一般入試、内部進学など、さまざまな受験方式があり、野球のレベルにかなり幅があるのが慶応義塾の特徴である。だからこそ、「全員が日本一を目指す組織の一員」という自覚を求めた。

 2年前、甲子園のアルプスで先輩たちが成し遂げた現実をその目で見た。酒井も原も、「甲子園の舞台に戻って、今度は自分たちがプレーしたい」と口にする。

 神奈川大会は7日に開会式が行われ、慶応義塾の初戦は10日。決勝は27日に予定されている。「自分の選手宣誓で大会が始まり、最後は自分の優勝インタビューで大会を締めたい。それが一番の目標です」。七夕に選手宣誓を行う山田の願いだ。「KEIO日本一」に向けた戦いが間もなく始まる。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。

@mino8989

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