「MLB最強プレーヤー」をめぐる議論
現代のMLBにおいて「最強の選手は誰か?」という問いに対し、多くの人が挙げるのはアーロン・ジャッジ(ヤンキース)と大谷翔平(ドジャース)だろう。2021年以降、ジャッジは3度、大谷は4度のリーグMVPに輝いている。タイプはまったく異なるが、どちらも圧倒的なインパクトを残してきた。
この2人のどちらがより優れているのか。そうした議論はこれまでも繰り返されてきた。そして今季、大谷が投手としても開幕から復帰することで、その比較はふたたび熱を帯びるだろう。「二刀流としてフル回転すれば、評価の構図は大きく変わるのではないか」、そうした期待が生まれるのも自然なことだ。
だが、その議論はどのような基準の上に成り立っているのだろうか。今語られている評価を整理したうえで、あらためてこのふたりの価値を考えてみたい。
WARではジャッジ優勢、大谷に求められる「投打のフル回転」
現状、選手の総合的な価値を測るうえで最も広く用いられているのがWAR(Wins Above Replacement)だ。打撃や投球、守備、走塁といったプレーの貢献を合算し、その選手がどれだけチームの勝利を増やしたかを表す指標である。大谷のように投打を兼ねる選手であっても、その貢献度を合算し、同じ尺度で比較できる点がこの指標の大きな特徴だ。
まずはこの数字で、ふたりを比較してみよう。
| 年度 |
ジャッジ |
大谷翔平 |
| 2021 |
5.5 |
8.0 |
| 2022 |
11.1 |
9.2 |
| 2023 |
4.8 |
8.9 |
| 2024 |
11.3 |
8.9 |
| 2025 |
10.1 |
9.4 |
| 年度 |
投手 |
野手 |
| 2021 |
3.0 |
5.0 |
| 2022 |
5.6 |
3.6 |
| 2023 |
2.3 |
6.6 |
| 2024 |
ー |
8.9 |
| 2025 |
1.9 |
7.5 |
大谷が初めてリーグMVPを獲得した2021年以降、シーズンWARで上回った回数はジャッジが3度、大谷が2度。回数だけ見れば大きな差はなく、評価は拮抗していると言っていい。だが注目すべきは、その「値」そのものだ。大谷のシーズン最高WARが2025年の9.4であるのに対し、ジャッジは2024年の11.3。故障で離脱した年を除けば、過去5年間で実に3度の「10」超えという異例の水準に達している。
ジャッジが到達している水準はMLBの歴史の中でも屈指の領域だ。特にここ2年は他の選手を大きく上回る打撃を、ほぼフルシーズンにわたって維持し続けている。その質と持続性が積み重なった結果としてのWARは、大谷ほどの選手であっても簡単に並べる水準ではない。
では大谷はどうか。ここ2年は投手としての稼働が少なかったため、WARの内訳は主に打撃によるものだった。それでも直近2年間はいずれもナ・リーグでトップと、実際にリーグ最高水準のWARを記録している。だが、それでもジャッジの到達している水準には及ばなかった。本来の二刀流としての姿ではなかったのも事実だ。もし投手としても本格的に稼働すればどうなるか。打撃に加えて投球の価値が上乗せされる以上、理論上はWARをさらに伸ばす余地がある。
ただし、ジャッジの水準に並ぶ、あるいはそれを上回るとなれば、前提となるのは「投打双方でのフル回転」だ。打者としてほぼ全試合に出場しながら、投手としても中5日でローテーションを回り、登板数と投球回数を最大化する。個人成績でジャッジを上回ることが目的であれば、この運用方法が最も合理的と言えるだろう。
ドジャースにとって「大谷のフル回転」は合理的なのか
しかし「ジャッジの水準に並ぶために、大谷が投打でフル回転する」という運用は、本当にドジャースにとって最適な選択なのだろうか。
前提として、ドジャースはリーグの中でも圧倒的な戦力を有するチームだ。ポストシーズン圏内をぎりぎりで争う立場ではなく、開幕時点から地区優勝、さらにはワールドシリーズ制覇を前提とした選手運用を行うことができる数少ない球団である。他の球団とは大きく異なるこの前提こそが、議論の出発点となる。
大谷個人のWARを積み上げることと、チームが最終的に勝ち抜くことは、必ずしも同義ではない。個人成績を最大化するには稼働量を増やす必要がある。しかし稼働量を増やせば、負担も当然増える。特に投打を兼ねる大谷のような存在においては、その負荷は単純な足し算では済まないだろう。
実際、エンゼルス時代の大谷、特に2023年はそれに近い役割を担っていた。当時のエンゼルスはポストシーズン争いのボーダーにあり、大谷の登板ひとつ、打席ひとつが順位に影響する状況だった。これほどの貢献度を示す選手をフル回転させるのは、あのチーム状況を考えれば自然な判断だった。
だが、その結果はどうだったか。中5日で先発登板を続けたこの年、大谷は投手として故障し、シーズン途中にチームを離脱。結果として、投手としてだけでなく、打者としての出場も難しい状況に追い込まれた。最大稼働を前提とした運用には、常に大きなリスクが伴う。特に二刀流という特殊な役割においては、その負担が大きくなるのも必然だ。
戦力層が異なるドジャースは、エンゼルスと同じ選択をする必要があるのだろうか。ローテーションにはブレイク・スネル、タイラー・グラスノー、山本由伸らエース級の投手が並び、質・量ともに駒が揃っている。特定の投手の稼働に依存しなくても、戦力を維持できる構成だ。だからこそ、大谷を「中6日」でローテーションに組み込み、登板間隔を空けながら負担を抑えるという運用が無理なく成立する。
通常であれば、中6日で回すということは先発投手をひとり多く必要とすることを意味する。ローテーションの当落線上にいる投手がその枠を埋める場合、負担は軽減できても先発の質は低下しやすい。負担分散と引き換えに、戦力の水準を落とす可能性があるということだ。しかしドジャースは前提が異なる。もともとの層が厚いため、登板間隔を空けながらも質を維持できる。リスクを抑えつつ、水準を落とさない運用が成立する数少ないチームであると言える。
加えて、大谷を中6日で回しやすくしているのが二刀流登録選手の特例だ。一定の投打成績を満たした選手は、投手枠と野手枠を同時に消費しない扱いとなる。この制度は全30球団に平等に適用されるが、恩恵を最大化できるかはチーム事情に左右される。先発層が薄ければ、枠があっても中6日の運用そのものが難しい。ドジャースは戦力の厚みがあるからこそ、この制度を無理なく活かせるのだ。
ドジャースがポストシーズンに戦力を最大化できた好例が、昨季の山本の運用だ。サイ・ヤング賞を狙える実力を持ちながら、序盤は中6日で調整し、状況に応じて中5日に切り替えた。そして、ワールドシリーズという最も重要な局面においてはフル回転で起用された。序盤から最大稼働を前提としていれば、あの柔軟な運用は難しかったかもしれない。
当然ながら、このような運用は個人成績の面では必ずしも有利ではない。登板数や投球回数が抑えられれば、奪三振数などの積み上げ系の指標では不利になる。サイ・ヤング賞の選考という観点から見れば、登板機会が多い投手の方が有利になりやすい側面もある。
しかし、ドジャースの最終目標は、個人タイトルではなくワールドシリーズ制覇にある。この前提は大谷に対しても同様だ。仮に投打でフル回転すれば、個人としてのWARやMVPレースにおいてさらに有利な位置に立てる可能性はあるかもしれない。だが、チームが目指しているのはレギュラーシーズンの数値の最大化ではない。負担を管理しながら持続可能な形で運用することこそが、優勝確率を高めるために最適な選択となる。
ジャッジと大谷、求められる役割の違い
現代のMLBで圧倒的な存在感を示す両者だからこそ、今後も比較は続くだろう。二刀流として稼働する今季こそ、大谷の「ジャッジ超え」を期待する声が高まるのは自然な流れだ。だが、その上で問い直すべきなのは、大谷に求められる役割が「ジャッジ超え」なのか、という点である。
ヤンキースにおいては、ジャッジが最大出力で稼働すること自体がチーム勝率の最大化に直結する構造にある。一方、圧倒的な戦力を誇るドジャースは、特定の選手に負荷を集中させなくても高い勝率を維持できる。つまり大谷に求められるのは出力の最大化ではなく、負荷を管理しながらシーズン全体の戦力を最適化する役割だ。
WARによる比較は可能だ。しかし、両者に置かれている前提は同じではない。そう考えると「個人成績でジャッジを超えるかどうか」という問いは、少しだけ見方を変える余地があるのではないだろうか。