米国主将のジャッジが子どものようにはしゃぐ姿
2026 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、ベネズエラの初優勝で幕を閉じた。大会の取材をしていると、様々な場面で「お国柄」の違いに触れることがある。球場に出入りする時のスタイル、ファンサービス、メディア対応、試合中の喜び方、などなど。その中で感じたのが、準決勝まで勝ち進んだチームが共有する「WBCが持つ意義」だ。それぞれに表現は違えど、思いは一つ。WBCは「世界に野球の素晴らしさを伝えるショーケース」だという。
準々決勝でドミニカ共和国と対戦する前の記者会見。アメリカ代表の主将、アーロン・ジャッジ外野手はボビー・ウィットJr.内野手、ブライス・ハーパー外野手と並んで座ると、WBCに参加できることがいかに楽しく、いかに嬉しいことか、何度も繰り返した。
「オールスター級の仲間と一緒に、オールスター級の相手と野球ができるなんて夢のよう。試合が始まるのが待ちきれない」
「子どもの頃、裏庭で野球ごっこをしていた時に夢見た世界」
「ここにいる3人全員、試合中には大声を出して騒ぎながら、互いを称え、野球を味わい楽しんでいる。今日も雰囲気にドップリ浸かって楽しみたい。それがすべて。勝負を楽しみたい」
「ホテルの部屋で素振りする様子を妻に録画してもらってるんだ。子どもの頃に戻ったみたい。世代別オールスターか何かに初めて出場する前に、ユニホームを広げて待ちきれない子どもみたいな感じ」
目を輝かせながら、こう話す様子はまさに野球少年そのもの。大喜びして興奮冷めやらぬ様子を英語では「like a kid in a candy store」(お菓子屋さんにいる子どもみたい)と表現するが、まさにそれ。見ているこちらまで嬉しくなるほどだ。
「これ以上誇りに思うことはない」フアン・ソトが語ったWBCで戦う意味
同席したウィットJr.は「プレッシャーは選ばれた人しか感じられない特権」だと話して胸を張る。そして、ハーパーはWBCの意義、そして野球というスポーツの素晴らしさについて、次のように語った。
「日本には日本の野球、アメリカにはアメリカの野球、ラテンアメリカにはラテンアメリカの野球がある。この大会では最高の試合をしながら、誰もがそれぞれの野球を知ることができる。それが野球というスポーツの素晴らしさ。これだけ多くの異文化を持つ国々が、野球という共通言語でつながっているんだから」
ドミニカ共和国の主砲、フアン・ソト外野手も1次ラウンドから繰り返し、「試合を楽しむことがすべて。野球に対するリスペクトを持ちつつ、勝負を楽しまなくちゃ。他の一切は考えず、勝負を楽しんでいる時こそ、最高のパフォーマンスが出せる」と話している。そして、国を代表してWBCで戦う意味を、こう語る。
「自分が今日に至るまで、成長の過程を見守り応援してくれたのが、ドミニカ共和国の皆さん。だからこそ、WBCに代表ユニホームを着て参加し、全力でプレーすることが、これまでの応援に対するお返しに少しでもできたらなるなら、これ以上誇りに思うことはない」
プールBで大旋風を巻き起こし、準々決勝ではプエルトリコに勝利したイタリアの主将、ビニー・パスカンティーノ内野手は「サッカーの国・イタリアの人々に野球の魅力を伝えるとしたら、どんなメッセージを送るか?」と質問されると、弾けるような笑顔で即答した。
「自分からのメッセージは、野球は楽しいスポーツ、ということに尽きる。そして、この大会のおかげで多くの人が一つにまとまることができているだろ」
木を見て森を見ず…日本に欠けていた“WBCの大義”
振り返ってみると、侍ジャパンのメンバーからこうしたWBCの意義に触れる発言はあまり聞かれなかった。「勝利」「優勝」に結びつく発言が大半だったように思う。
ベスト4に勝ち進んだチームと何が違ったのか。一言で言えば「視野の広さ」となるのかもしれない。ベスト4入りしたチームは優勝を狙いつつも、WBCが持つ大義も忘れずに実践する視野の広さを持つ。一方、日本はWBCの「世界一決定戦」という一面に囚われ過ぎたあまり、併せ持つ大義まで考える余裕がないように見えた。木を見て森を見ず、だ。
準々決勝でベネズエラに敗れた日本では、選手が「期待に応えられず申し訳なかった」と謝罪し、日本プロ野球選手会が公式X(旧ツイッター)で「侍ジャパンの選手や監督・コーチ等に対する誹謗中傷を多数確認しています」「悪質な投稿については法的対応を含めて厳正な措置を講じます」と発表する事態が起きている。
これもまた、日本が「優勝」に囚われ過ぎた結果ではないかと思う。それは侍ジャパンに限らず、メディアもファンも含めた全体としての話。選手に「優勝以外は謝罪しなければいけない」と思わせる環境は健康的ではないし、優勝以外は正解とならない重圧の中でプレーする野球は窮屈で、選手の視野を狭める上に勝負を楽しめるはずもない。何よりも代表に選ばれたいと思う選手がいなくなり、野球は人気のないスポーツとなるだけだ。
優勝はできなかったが、侍ジャパンの試合を見て野球の魅力に触れた人は多い。もし侍ジャパンが“野球の親善大使”という役割を少し強く意識することができれば、より多くの人々に野球の楽しさが伝えられたのではないかと思う。今回の準々決勝敗退は、WBCという大会の意義、そして野球が持つ魅力について、改めて考えてみる機会を与えてくれたのかもしれない。
(佐藤直子 / Naoko Sato)