主将・高野の言葉から紐解く名将の“コントラスト”
強豪ひしめく東東京を勝ち抜くために——。かつて茨城の名門、常総学院で指揮を執り、春夏通算6度の甲子園出場に導いた佐々木力監督が、2024年1月に私立・郁文館の監督に就任した。いまだ届いていない甲子園の舞台に向けて、チームは今、生まれ変わろうとしている。主将を務める高野竜輔捕手(2年)の視点から浮かび上がるのは、名将の優しさと厳しさのコントラスト。その絶妙な手腕を主将・高野の言葉から紐解いていく。
冬の冷たい風が吹き込む郁文館野球部の河川敷グラウンド。取材で訪れると、佐々木監督から思いがけず、湯気の立つ温かいお茶漬けが振る舞われた。常総学院時代から、監督自らご飯を作り、選手にはもちろん、時には報道陣にも食事を用意してきたという。冷え切った体に染みる一杯に、グラウンド内外でも変わらぬ気遣いと、人を惹きつける人柄が自然と伝わってくる。
主将の高野は、茨城県出身。常総学院を率い、甲子園常連校として導いてきた佐々木監督が郁文館に就任することを聞くと、その背中を追うように上京を決めた。地元で輝かしい実績を残していた「この監督のもとで野球を学びたい」という思いが、家族の後押しもあって進路決断の大きな理由となった。
入学後、実際に接した“憧れの監督”はやはり別格だった。グラウンドでの指導だけではなく、日常の何気ない場面でも人柄に触れることができた。佐々木監督が率先して水まきや準備に動き、その姿を見た選手たちが自然と後に続く。「監督やスタッフの方が先に動いてくれる。その背中を見て、1年生や2年生が徐々に動き出していくんです」。指導者が言葉ではなく行動で示す姿勢が、チームの文化として根付きつつある。
時には厳しさも見せる佐々木監督
優しさの裏側で、時には厳しさも見せる。練習試合の1死一塁で送りバントが失敗となった場面。走者を進塁させることができなかった打者が一塁に生き残ると、佐々木監督はベンチから「責任を取れ」と告げた。盗塁でもなんでもいいから、とにかく二塁へと進み、次打者に犠打成功と同じ局面を作れ、というメッセージだった。
「それだけ、バントに責任があるということ。ランナーのためにも、次のバッターのためにも、しっかり決めろという方針です」と高野は語る。その考え方はチーム内で徹底。夏の大会期間中は練習メニューの大半が、バント関連が占めるほどに根付いている。
佐々木監督の教えはグラウンド内にとどまらない。選手は「人に好かれる選手であれ」と日頃から伝えられ、学校生活や寮生活での過ごし方も指導される。「人が見ていないところでもゴミを拾うとか、靴を揃えるとか。小さなところで、感謝される行動をしていきたいと思っています」と高野は語る。挨拶や立ち居振る舞いを含め、日常の細部まで意識する姿勢を求められている。
優しさと厳しさを併せ持つ佐々木監督のもとで、高野は主将としてチームをけん引する。技術や戦術だけでなく、「人間力」も高めることができている。その積み重ねが、郁文館の空気を少しずつ変えている。激戦区・東東京地区で、名将の教えと主将の覚悟が、どんな結果を生み出すのか——。創部100年以上の歴史ある郁文館の挑戦は、既に始まっている。
(岡部直樹 / Naoki Okabe)