37歳になった田中将大の“変化”と“変わらないもの” かつての相棒が敵軍ベンチから感じた201勝の原動力

日米通算201勝を達成した巨人の田中将大【写真提供:産経新聞社】日米通算201勝を達成した巨人の田中将大【写真提供:産経新聞社】

中日・嶋基宏ヘッドコーチ「昨年と比べても間違いなく体が動いています」

 中日の嶋基宏ヘッドコーチにとって、対戦相手としてマウンドに立つかつての相棒の姿は、感慨深くもあり、恐ろしくもあった。バンテリンドームで1日、巨人の田中将大投手が日米通算201勝を達成。野茂英雄氏に並ぶ歴代3位の大記録が、日本球界の歴史に刻まれた。

 楽天のチームメートとして日本一の喜びを分かちあってから、13年の月日が流れた。田中将の球を受け続けた嶋コーチの目には、37歳になった右腕の凄みが映っていた。

「一番に感じたのは、腕が本当によく振れていること。昨年と比べても間違いなく体が動いています。走る姿やキャッチボールひとつ見ても、それが一番でした」。経験に基づいた単なるベテランの投球術だけで勝っているのではない。土台となる体のキレが戻っていることが、この大記録達成の根底にあると、肌で感じていた。

 二人の歩みを振り返る時、避けては通れないのが2013年シーズンだ。当時の田中将は、まさに「神の子」と呼ぶにふさわしい、野球の常識を覆す投球を続けていた。シーズン24勝0敗1セーブ、防御率1.27。開幕から一度も負けることなく、レギュラーシーズンを完走した。

日本シリーズを制し、田中将大と握手する嶋基宏(2013年)【写真提供:産経新聞社】日本シリーズを制し、田中将大と握手する嶋基宏(2013年)【写真提供:産経新聞社】

 150キロを超える剛速球と、消えるようなスプリットで打者を力でねじ伏せるスタイル。ピンチになればなるほど球速が上がり、打者は手も足も出ない。2013年の日本シリーズ第7戦、9回に登板し、最後を三振で締めた姿は今もファンの胸に深く刻まれている。あの熱狂から13年が経ち、互いにユニホームの色も立場も変わった。それでも、マウンド上の背番号11から放たれるオーラは、当時の熱を帯びたままだった。

投球術に沈んだ中日打線「相手の思うツボだった」

 今季初登板となったこの試合で6回2/3を投げ、被安打6、4奪三振、2失点。かつての剛腕スタイルをマイナーチェンジさせた投球術だった。嶋コーチは現在の変貌ぶりにこそ、田中将が201勝までたどり着いた理由があると感じている。

「昔はどちらかといえば三振を多く取ってというスタイルだったのが、今はゴロをしっかり打たせて、ゲッツーであったりとか、リズム良くテンポ良く、球数少なくという投球スタイルに変わってきている」。全盛期の球速がなくとも、打者の心理を支配し、打撃の形を崩させる。その術策に、中日打線は沈黙した。

「(中日は)相手の思うツボにはまってしまったなというのはあります」。そう漏らした言葉には、ヘッドコーチとして攻略の糸口を掴ませてもらえなかった悔しさと、それを完遂したかつての相棒への称賛が入り混じっていた。

中日・嶋基宏ヘッドコーチ【写真:加治屋友輝】中日・嶋基宏ヘッドコーチ【写真:加治屋友輝】

向上心という名の「不変の心」

 どれほどスタイルを変えようとも、変わらないものもある。「今は違うチームなので、練習の姿は分かりませんし、試合でプレーしている姿しか見られないので、一概に『これがすごい』というのも失礼なんですけれど……」。そう前置きしながらも、話を続けた。

「ピンチになればギアを上げるところはさすがだなと思いますし、気持ちの強さは変わらない。本当に常に向上心であったり、相手をなんとしてでも抑えたいという、そういう気持ちというのはずっと変わらず続けてやっていると思います。それはもう、間違いないと思います」

 連勝を積み上げていた若き日の田中将も、海を渡ってピンストライプを身に纏った田中将も、日本へ帰ってきた今の田中将も、その根底にある「打者を圧倒したい」という執念は同じだという。ピンチになれば自然とギアを上げ、打者に向かう。37歳になっても、200勝という大きな区切りを越えてもなお、まだ「もっと上手くなれる」と本気で望む。その精神性こそが、唯一無二の存在たらしめている。

 中日ベンチから、奥歯を噛み締めながら見届けた201勝目。嶋コーチにとっても、様々な感情が交錯する特別な瞬間だった。

(木村竜也 / Tatsuya Kimura)

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