歴史的119敗のロッキーズ…白羽の矢を立てた人材は“野球界に10年いなかった”
「周りが思ってるほど弱いチームじゃないと、僕は思ってます」
新加入したロッキーズについて菅野智之投手が率直な感想を言葉にしたのは、3月30日(日本時間31日)に敵地トロントでメジャー2年目の初登板を終えた後だった。前年に34年の球団史上で最多となる119敗を記録し、3年連続の100敗で7年連続の負け越しとなったメジャー最弱チームの昨季の惨状を見ると……。
投手は、防御率(5.97)、被打率(.296)、被安打(1673)、被本塁打(251)、与得点(1021)、防御率(5.97)の6部門でナ・リーグ最低を記録。打撃は、安打数(741)、打率(.270)、出塁率(.325)でリーグ2位だったが、これらは標高1マイル(約1600メートル)の高地に位置し打球が飛ぶ本拠地クアーズ・フィールドでの数字で、敵地では振るわない。安打数(540)、打率(.203)、出塁率(.259)はともにリーグ最下位。守備率.981もナ・リーグ15球団でワーストだった。
上昇の気配も漂わないロッキーズが、低迷打開の緒としてフロント人事の刷新に踏み切ったのは昨秋のこと。ウォーカー・モンフォート球団社長が改革の旗手として白羽の矢を立てたのは、統計的なデータを分析し、チームの戦略と戦術そして選手の評価に役立てる「セイバーメトリクス」をMLBに本格的に持ち込んだ先駆者とされるポール・デポデスタ氏だった。
1990年代の初頭、まだMLBに浸透していなかったセイバーメトリクスを徹頭徹尾用いて、低予算の弱小球団だったかつての強豪オークランド・アスレチックスを再生させたビリー・ビーンGMの側近だったのがデポデスタ氏だ。ノンフィクション作家、マイケル・ルイスの『マネーボール』は、“新思考派”と呼ばれた彼らが作り上げたチームのドキュメントで、ブラッド・ピット主演で映画化された。
ロッキーズの編成本部長に就いたデポデスタ氏にはチーム改革の祖として大きな期待がかかる一方で、「マネーボール」以降の経歴から、懐疑的な声も上がっている。
ドジャースのGM、パドレスの球団特別補佐、メッツのスカウト部長を歴任後、デポデスタ氏は2016年にNFLのクリーブランド・ブラウンズ戦略部門のトップに抜擢されている。メジャーが良質なデータの恩恵にあずかる時代を遠目に見ながら野球界から10年も遠ざかっていたデポデスタ氏の招聘に、敏腕で知られるケン・ローゼンタール記者は「極めて衝撃的な決断」と強烈な皮肉を込めて綴った。
ロッキーズ一筋27年の記者「組織のあらゆる側面を知り、理解しているからこそ牽引役にふさわしい」
4月3日(同4日)、ロッキーズは本拠地での開幕戦でフィリーズに1-10で大敗。地元メディアは、ハーバード大卒の頭脳を持つデポデスタ氏のデータ主義を訝しみ、批判のボルテージを一気に上げた。「それみたことか」の見出しが躍るコラムもあった中で、菅野が言った「周りが思っているほど」には、混沌の中からパッと明るみに出てくるような、実相のヒントが隠れている気がした――。
旧知のベテラン記者に聞いた。
コロラドスプリングス・ガゼット紙で野球記者人生をスタートさせ、今はMLB.comで健筆をふるうロッキーズ一筋27年のトーマス・ハーディング記者に聞くと、デポデスタ氏に向けるまなざしは温かかった。
「ドラフトや選手の契約など、多くの分野に彼は関わってきた。組織のあらゆる側面を知り、理解しているからこそ牽引役にふさわしい。選手の近くで多くの時間を費やしてきたことで立派なコミュニケーターになった彼は、実は、自分で数字を調べるタイプではなく、数字を扱う人材を雇うことに長けている。NFLで何があったのかは知らないが、マネーボール以降、彼はまさに研鑽を積んで人を見る確かな目を養ったと、私は思っている」
ドジャースのGM時代、ポストシーズン進出を果たしたものの、ワールドシリーズに導けず、時のジム・トレーシー監督と良好な関係を築けなかったデポデスタ氏は解任の憂き目に遭う。が、名門球団での失敗とメッツ時代のスカウティング経験、そしてNFLでの煮え切らない日々が良質な砥石となり自己を研磨していった。
それにしても、「数字を自分で調べるタイプではない」には驚かされる。映画『マネーボール』では、デポデスタ氏をモデルにしたとされる人物が“データおたく”キャラとして描かれているが、それはあまりにもデフォルメが過ぎた。
気遣いに長けたシェーファー監督…菅野は感銘「こっちに来て初めてのことですよ」
では、球団関係者はどう思うのか――。「人出不足」の声が重なり、これまでのフロントの大きな問題点として挙がった。例えば、投手コーチのデータ入手がある。「この数字を調べておいてほしい」と頼むことが恒常化し、頼まれた者は、分析はもちろん選手の調停準備なども抱えていたという。遅々として進まなかった人出不足にメスを入れたのがデポデスタ氏である。
目に笑みを含ませた関係者が言う。
「ポールは、以前からいた人をほとんど解雇せずに追加で人を雇っています。もともといた人たちは、『これで自分の仕事ができる!』と感じたはずです。それはとても大きなことです。昨季に辞任したビル・シュミットGMは就任時に「特定の分野を強化しないといけない」と言ったものの、実際にはたいして人は増えませんでしたから。今回、モンフォート社長はポールを雇っただけでなく、その辺も全て任せています」
改革の切っ先に立ったデポデスタ氏は、過去よりも多くのアシスタントGMを採用し、メジャーとマイナーを俯瞰するピッチングディレクターも迎え入れた。今、組織全体に将来を見据える確かな意識が生まれているという。
前出のハーディング記者は眼鏡のアングルを変え、続けた。
「(ウォーレン・)シェーファーが去年監督になったとき、自分のやり方でやるということを明確にした。彼は変化を好んだ。アナリティクスもより活用し、シーズン後半にはバイオメカニクスのスタッフも帯同させた。自分は暫定だからという弱気な姿勢はまったく見せなかった。だから、この人には先を見据えるプランがあると私には映った。思えば、デポデスタの改革は40歳のシェーファー監督の姿勢から始まっていたのだ」
ハーディング記者は最後に、新体制のチームについてこう語った。
「このチームは一歩一歩進んでいる段階。今年、ワールドシリーズに出て勝つとはそりゃ思っていないし、100敗を回避できるかも正直分からない。デポデスタ編成本部長体制で目標の実現に5年かかるのか8年かかるのか、そういうのも分からない。ただ、チーム組織に綿密な計画があるかどうか、そこが重要なんだ」
5日(同6日)のフィリーズ戦で、強力打線を6回4安打1失点に抑え今季初勝利を挙げた菅野はその翌日、室内トレーニングでタップリと汗を流し終えると、“ヒント”の本性を明かす一コマを切り取った。
「シェーファー監督は、登板後に僕を監督室に呼んで評価をしてくれます。そして最後に必ず『困ったことがあったら遠慮せず何でも言ってくれ』って握手を交わすんです。ここでは僕は外国人。そこを気遣ってくれてます。正直、こっちに来て初めてのことですよ。こういう監督がいるチームが正しい方向に進んで行けないなんて、僕には思えません」
7日(同8日)のアストロズ戦で勝利を挙げ、昨季は6月頭までなかったカードの勝ち越しを今季は開幕から11試合で2カード目としたロッキーズ。クラブハウスには、今日に挑み明日を信じる選手たちの気力に満ちあふれた居心地のいい空気が漂っている。
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)