誰も望まぬ“投手地獄”をあえて選択「僕はいろいろできます」 新球に得た感覚…菅野智之が自負する「いちばんの強み」【マイ・メジャー・ノート】

ロッキーズ・菅野智之【写真:ロイター】ロッキーズ・菅野智之【写真:ロイター】

クアーズ・フィールドで戦うために…習得したジャイロ・スライダー

 菅野智之は、はっきりとこう言った――「コロラドに来るには去年と同じでは難しい」。

 昨季、オリオールズで10勝を挙げ、FAでロッキーズへの移籍が正式発表されたのは、キャンプ開始2日前の2月10日だった。「いちばん僕の投球を評価してくれたチーム」との交渉にはじっくりと時間を費やし、加入する約1か月前にウォーレン・シェーファー監督ら首脳陣とオンラインでミーティングを行っている。3年連続100敗のチームが示す勝利への具体案と、ピッチングの向上を図る詳細なデータを根拠にした貴重な話が淀みなく続いたという。

 その際に、菅野はある提案をされている。

「『クアーズ・フィールドのマウンドに立ってくれるのであれば、打者の低めに来る変化球があるといい』って言われました。実は、僕自身も球種を増やすことをずっとオフに考えてたんです。去年はカーブの被打率が悪く、今年はそれを控え目にしようと思ったりしてて。で、以前から考えていた“ジャイロ回転のスライダー”に興味があることを伝えると、『高地では回転効率の高い変化球は飛びやすくなるからぜひその球を』となって。お互いの考えが一致しました」

 コロラド州デンバーにあるロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドは、標高約1600メートルの高地にあり、気圧が低いため空気抵抗が少なく、他球場に比べて打球の飛距離が約10%も伸びるとされている。ここでは、回転数が多いカット、カーブ、スライダーは揚力が高くなり長打になりやすい。一方で、回転数と変化量が小さいフォーク、スプリット、チェンジアップなどの落ちる系は、効力を発揮するというデータが出ている。

 持ち味の粘りの投球を支えるために菅野が習得を決めたジャイロ回転(回転軸が球の進む方向を向く)のスライダーは、試行錯誤を重ねる中で昨年から親交を深めるベテラン右腕との再会で精度を上げていった。

ダルビッシュ有(左)と菅野智之【写真:小林靖】ダルビッシュ有(左)と菅野智之【写真:小林靖】

 2月12日から始まったアリゾナのキャンプを5日で切り上げると、2017年以来9年ぶりに出場するワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のため侍ジャパンの宮崎合宿に合流。そこで臨時アドバイザーとして参加していたダルビッシュ有からアドバイスをもらうと、持ち前のセンスで咀嚼していった。握りに好感触を得た時はスマホで写真を撮り保存している。

スライダーではない?「“回転を捨てるチェンジアップ”っていう感覚ですかね」

 3月終わりにメジャーデビューを果たした今井達也(アストロズ)は、代名詞にするジャイロ・スライダーについて「カットより遅くてスライダーより曲がらない」としたが、菅野は、簡にして要を得た“定義”にして自身の感覚をクリアにした。

「変化量じゃなくて、ジャイロの基本的な定義は“回転を捨てるチェンジアップ”っていう感覚ですかね。なので、僕が投げるのは“ジャイロ回転のチェンジアップ”なんですよ。スライダーとかと違って、真っすぐと同じ軌道から自然とヒュッと少しだけ下に落ちるみたいなイメージですね。で、その投げ方ですが、真っすぐと同じところから腕の出だしを持っていきたい。(意識的に)曲げなくても全然大丈夫です」

 WBCから戻り、開幕までのオープン戦2試合の登板で「あまり良くなかった」新球だが、ボールの動きをリアルタイムで数値化するトラックマンを使い、ライシュマン投手コーチの助言を得ながら、自分の感覚と数値とを照合して改善に取り組んだ。そして迎えた本番。菅野は強打者に投じた“ボール球”に理想の軌道を見る――。

ゲレーロJr.への一球「本当、いい所から落ちました」

 ブルージェイズ・岡本和真とのメジャー初対決が注目を集めた3月30日(日本時間31日)の今季初登板だった。4回裏、先頭のゲレーロJr.を外角の直球で空振り三振に仕留めた菅野は、その直前のスライダーに試行錯誤からの「解」を得ている。

「オープン戦であまり良くなかったから、不安でした。でも、回を追うごとに感触が良くなっていって。そして4回、ゲレーロに見送られちゃったんですけど、外角低めのストライクゾーンから急に落下したあの球は、本当、いい所から落ちました。あの1球にはメチャいい感触が残りましたね」

「あの1球にはメチャいい感触が残りましたね」と振り返るゲレーロJr.へのスライダー MLB.com

 敵地トロントのロジャース・センターの球種表示には「スイーパー」と出たが、菅野が描く軌道のイメージとピタリと重なる真正の“ジャイロ・スライダー”だった。1点をリードし勝ち投手の権利を得るまであとアウト1つで降板となったが、前の打席で本塁打を浴びたスプリンガーを潮目と読んだシェーファー監督の決断に、「悔しさはないです。納得のできる投球ができたので」と菅野は歯切れよく返した。

 新球のコツをつかんだ菅野は、4月5日(同6日)の本拠地初登板で強打者が揃うフィリーズを相手に好投した。

 初勝利への最大の山場は2点をリードした中盤5回だった。

 2死二、三塁で昨季のナ・リーグ本塁打王シュワーバーと対峙し中飛に打ち取った。「試合の流れを変えかねないすごい大きなアウトでした」と安堵した組み立ては、カウント1-2までの3球でジャイロ・スライダーを2球を使い、その球で勝負を挑んだ。角度よく上がった大飛球は最後、フェンス手前で失速。「伸びなかったかどうかは結果論ですから僕は言いたくないです。まぁ、失投と言えば失投ですね」と苦笑した菅野は、強打のハーパーも、ニゴロ、空振り三振に抑えて6回4安打1失点の内容で今季最初の白星を手にした。

 ジャイロ・スライダーは「打者天国」で効果を発揮した。ただ、シーズン全試合の半分を戦う本拠地は、6月から9月の夏場に高温となり降雨日も多くなる。湿度が高いと落ちる系の切れは悪くなる。投手が苦しみを味わうのはこの頃だ。

 4年前のダルビッシュ有を思い浮かべた。

 9月の終盤にクアーズ・フィールドで登板したダルビッシュは、チェンジアップを捉えられ先頭打者本塁打を許すと「今日は落ちない」と予想したスプリットを封印した。ツーシームも本来の軌道を出せず、「直球とスピン系のカッター、そしてスライダーで凌ぎました」。腐心の配球でピッチングを組み立てた右腕は、2012年のメジャーデビュー以来10年ぶりに自己最多の16勝に到達した。

 敬愛するダルビッシュのように凌ぐ投球を身につけた菅野は、突きぬける思いを開陳した。

「僕はいろいろできます。スプリットが良くなかったらスライダーで、その逆もしかり。スイーパーが有効だと感じればジャイロを無理して使う必要もないし。悪いときでも試合を作るには、代替が利く球をすぐに見つけること。いろんな球種を持っていてもそれぞれの精度に偏りがあっては厳しいですから。僕のいちばんの強みはそこ」

 ストレート、カットボール、シンカー、スプリット、スイーパー、カーブ。菅野の球種は紋切り型に6球種が並べられるが、習得したジャイロ回転のスライダーの他、左打者の外へシンカー気味に落ちるスプリットがあり、カットボールには変化量の多いものとストレートに近いものとがある。同じ球種のアレンジ力が「いろいろできる」の深度を表す。

初対戦の翌日にフィールドで談笑した菅野智之(左)と岡本和真【写真:木崎英夫】初対戦の翌日にフィールドで談笑した菅野智之(左)と岡本和真【写真:木崎英夫】

 岡本和真と初対戦した翌日だった。巨人で共闘した二人はフィールドで約10分の談笑を交わしたが、岡本は「日本時代とは球筋が違いますね」と印象を口にし、菅野の多彩な球種の質の高さに感嘆している。

絶望に裏打ちされた希望にこそオプティミズムの本性が宿る

 マウンドに登る菅野のパッションは、何の屈折も経ないパッションとは違う。屈折にへこたれず、屈折を克服した“熱血”がみなぎっている。

 菅野は、幼少期に2度の交通事故に遭った。5歳の時はひき逃げされ右大腿骨骨折の重傷だった。高校最後の夏の神奈川県予選では準決勝・決勝に連投。337球を投げ抜いたが甲子園にはつながらなかった。大学では157キロのストレートを誇り一躍ドラフト1位候補になった。が、伯父の原辰徳監督が率いる巨人ではなく交渉権を得たのは競合した日本ハムだった。菅野は迷うことなく浪人を決意。そして、2020年のオフにポスティングで念願のメジャー移籍を目指すも、世界を震撼させた新型コロナウイルスの感染拡大で市場は動かず無念の涙を流した。

 過去10年、FAでロッキーズに加入した投手はたった二人。1600メートルの高地に望んで来る者はほとんどいない。しかし、菅野は自らの成長を期してこの地を選んだ。ポジティブである。それは間違いない。ただ、まっさらなオプティミズムは信ずるに足りない。絶望に裏打ちされた希望にこそオプティミズムの本性が宿ることを知る菅野は、言った。

「変化球が独特の動きをしますね、ここは。僕はそういうものを味方につけることもできるので。そういうプラスの面だけを考えて投げていきます」

“投手地獄”のデンバーで、菅野智之の屈託のない笑顔がはじけた――。

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【マイ・メジャー・ノート】
 1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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