イチローを描く重圧「正直、逃げ出したい気持ちに」 米紙飾った日本人アーティストの結晶…着想得た“小1の記憶”と“エヴァンゲリオン”【マイ・メジャー・ノート】

 地元紙「シアトル・タイムズ」を飾った太田翔伍氏のイラスト画【写真:アフロ、木崎英夫】 地元紙「シアトル・タイムズ」を飾った太田翔伍氏のイラスト画【写真:アフロ、木崎英夫】

シアトル・タイムズを飾った太田翔伍氏のイラストは大きな話題に

「本当に残念ですね……」

 シアトルの地元テレビ局が伝えるイチローの銅像除幕式の映像を目にして、先を言い淀んだのは太田翔伍氏である。異なる手法のデザインで次々と作品を繰り出す彼の胸中は、察するに余る。

 イチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)の銅像設置除幕式でハプニングが起きたのは4月10日(日本時間11日)のことだった。現れた像には、薄曇りの空を突くはずだったバットが本来の位置になかった。除幕布に引っかかり曳綱の力に屈したそれは根本付近で75°近くまで折れ曲がっていた。

 前代未聞の事態から10日が経った月曜日の昼下がりだった。太田氏に、思いの丈が詰まった昨夏の「イチロー・イラスト画」について聞いた。

 昨年の7月27日(同28日)、日本選手として初めて米野球殿堂入りを果たし、クーパーズタウンで行われた式典に臨んだイチロー氏。多大な功績を讃えてシアトル・タイムズは同日の紙面で特集を組んだ。その最初のページを独特のタッチで描いたのが太田氏である。

自身のスタジオで笑顔の太田翔伍氏【写真:木崎英夫】自身のスタジオで笑顔の太田翔伍氏【写真:木崎英夫】

 地元有力紙からの依頼と描くのが米野球史に輝かしい足跡を残したイチローという重圧に、日の丸が使えないという制約まで付いた。

「素直に喜べませんでしたね。正直、逃げ出したい気持ちになりました」

 日の丸の使用が不可となったのは、デジタルを駆使しポートレイト的なシュールなイチロー画を先に依頼されたアメリカ人アーティストが、背景に鮮やかな赤の日の丸を使ったのが理由だった。

「新聞社のアートディレクターは、走攻守を象徴するものとファンに手を挙げる4パターンを指定してきました。どう描くかの条件はまったくなく、まず、思いついたのは、日本のシンボルの赤を背景色にしてポップな雰囲気を出すこと。それと、手を挙げるイチローさんをメインに据えることでした。それで僕のイメージに合う写真を送ってもらい、ああでもないこうでもないって並びをいじってました」

 最終的な構図を決めるまで30回の配置変えを要した。ファンに向けグラブを挙げる姿をメインに据えると新聞のサイズにバランスよく収まった。位置決めのポイントを“見やすさ”に置くと、躍動感=背番号「51」を見せて背走する姿→颯爽感=力みを見せず首を真っ直ぐにして走る姿→トレードマーク=漆黒のバットを立てる独特のポーズへと、左から順につなげていくのが最も良いバランスになった。

 太田氏は細部を照らした。

「多分、見てすぐには感じないと思いますが、走る姿の右手が捕球する姿の後ろに入っているとおかしくなるんです。バットも一部分でも隠れるとダメ。それと、メインのグラブを挙げる姿がいちばん後ろになっています。ファンへの『サンキュー!』っていう無言のメッセージが読み取れる姿にもイチローさんらしい凛とした雰囲気が漂っていて、背景のポップな赤い色の中に浮き立ちます。後ろに来るのがベストでした」

 配置が一つでも変わるとドミノ連鎖で全体が歪んだ。4つの姿をバランスよく引き立たせるために、数ミリ間隔の微調節を何度も繰り返し理想形にたどり着いた。

悩み抜いて辿り着いた技法「正解でした」

 次は、描き方である。考えては椅子の背に身を預け、ペンの尻で机を打っては諦め、横倒しにする……。思案にふける太田氏は、幼き日のことを思い出した――。

 生まれ育ったのは岐阜県郡上八幡。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された町並みを有し、藍染め発祥の地でも知られる故郷では、アートの感性を養う学校行事が多くあった。呼び起こしたのは、体育館の壁に飾る3メートル四方の版画だった。小学1年の遠い記憶。でも、鮮明だった。一人ひとりが担当のパーツを彫り、最後につなぎ合わせて「餅をつく人」を完成させた。

「悩みました。プレーするイチローさんのイメージはシャープそのもの。でも、どれもペラペラで平面的なんですよ、出来上がりが。なんか違うなって。で、フワッと浮かんできたんですよ、昔にやった版画が。彫の独特のギザギザ感がイチローさんのシャープな雰囲気を出せるんじゃないかって。やってみたら、正解でした」

配置、描き方、書体すべてにこだわったイラスト【写真:木崎英夫】配置、描き方、書体すべてにこだわったイラスト【写真:木崎英夫】

 各絵の周りには少しスクラッチを入れ、版画独特の手触り感も表した。それだけではない。ストッキングと重なるユニホームのゴムのシワにも気を配った。極めつけは、バットを握る右の前腕部に浮き出る血管。「あえて強めに描きました」。偉大な打者の独特のポーズに生気が宿った。

「イチロー殿堂入り」の書体は日本の超人気アニメ

 さて、仕上げである。太田氏はここでも悩んだ。「イチロー殿堂入り」の文字が弱々しい。打開には、また昔の記憶が絡まった。

「それまで使っていた書体がなんかしっくりとこなくて。で、僕がアメリカに来た頃とイチローさんが輝きを放ち出した頃がほぼ同時期だったなぁってなことをつらつらと考えていたら、世界中で大ヒットしたアニメが突然出てきたんですね。そこで膝を打ちました! 使われていた書体が力強くてカッコよかったのをパって思い出したんです。それはPCに入っていないので、有料フォントを買ってやってみたら版画風の絵のシャープさと見事にマッチしました!」

 書体のヒントになったのは『新世紀エヴァンゲリオン』だった。使用されていたのは「マティスEB」と呼ばれるフォント。力強さだけでなく緊張感と見る者の感情を煽るような印象を与える。映像を見ると、インパクトの強い極太の明朝体がアニメの物語とよくマッチしているのが分かる。

 新聞紙に刷り上がるため、最終的な色使いはすべてアートディレクターに任せた。練りに練って仕上げた作品に太田氏は「時間的な余裕はなかったですけど、後悔はまったくありません」と口角を上げた。

太田氏が手がけたスターバックスのカップデザインは話題に

\太田氏が描いたスターバックスの「グリーンカップ」【写真:本人提供】\太田氏が描いたスターバックスの「グリーンカップ」【写真:本人提供】

 太田氏は、地元岐阜の高校を卒業後、時が穏やかに過ぎていくアイダホの大学でアートを学んだ。卒業後はシアトルの小さなデザイン会社で研鑽を積み、「Tireman Studio」を立ち上げ2012年に独立。大きな転機は2016年、スターバックスの冬のキャンペーンで、人種・性別に区別のない180人の顔を一筆書きにし“Unity”のメッセージをこめた「グリーンカップ」のデザインで一躍注目を集めた。日本のスターバックスにも太田氏のアート作品を飾る店舗が多数ある。

 水彩画、細密画、スプレーを使ったステンシルなど多彩な手法でデザイン、アート作品を生み出すことから付いたニックネームは「スタイリスティック・カメレオン」。これまでに、シアトル水族館、今年のスーパーボウルを制したNFLシーホークスの本拠地ルーメン・フィールドの壁画などを手掛け、地元レストランのブランディングやロゴ、自転車、パズル、ビーチタオルのデザインもこなす。

太田氏が手がけたFIFAワールドカップ2026™シアトル開催都市公式ポスター【写真:本人提供】太田氏が手がけたFIFAワールドカップ2026™シアトル開催都市公式ポスター【写真:本人提供】

 初めて挑んだ野球のアートで偉大なイチローを表現してみせた太田翔伍氏。「不安ばかりでしたが、なんとか乗り越えられました」とは言うが、多種多様な作品の創出が巧まざるアートセンスを生んでいる。6月の開催が間近に迫るワールドカップで6試合が行われるシアトルのFIFA公式ポスターを手がけた”スタイリスティック・カメレオン“は、時の人になっている。

◇◇◇◇◇
【マイ・メジャー・ノート】
 1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

RECOMMEND

CATEGORY