2023年から都立青鳥特別支援学校で継続的に指導
日米通算170勝を誇り、沢村賞にも輝いた岩隈久志氏には、訪問を楽しみにしている場所がある。東京・世田谷にある都立青鳥特別支援学校だ。22日には、2024年10月の初訪問以来、交流が続く同校ベースボール部を訪れ、身ぶり手ぶりを交えながら約2時間にわたり、指導した。「僕も来るのが楽しみです」と言って優しく微笑む岩隈氏は、なぜ継続的に訪問を重ねるのか。
知的障害のある生徒が通う青鳥特別支援学校には「ベースボール部」があり、2023年には東京都高野連に登録された。特別支援学校では硬式球を扱うのは危険を伴うという理由などで、硬式野球部がある例は少ない。だが、野球好きな知的障害児にも甲子園を目指すチャンスを与えてほしいと願う顧問の久保田浩司先生を中心に学校が動き、念願叶った。
2023年夏には全国高校野球選手権西東京大会に連合チームとして参加。単独チームとして初出場した2024年の同大会では、東村山西高を相手に66失点(5回コールド)を喫したが、生徒たちは最後まで懸命に白球を追った。この時の奮闘ぶりをテレビで観ていたという岩隈氏のもとに知人を介して届いたのが、ベースボール部訪問の打診。一も二もなく快諾すると一度だけで終わらせることなく、2024年10月、2025年1月、そして今回で3度目の訪問となった。
球児たちから出てくるようになった質問「上手くなりたいんだっていう気持ちの表れ」
この日、ウオーミングアップから練習を見ていた岩隈氏が、最初に送ったアドバイスは「キャッチボールの大切さ」だ。
「キャッチボールをする時は、掛け声が大事。『いくよ』『ここだよ』と声を掛けあいながら、立ったままではなく、足を動かしながらやってみよう。ボールを捕って投げる動きがつながると、守備にも生きてくるからね」
参加した2・3年生部員15人の顔は真剣そのもの。キャッチボールを再開すると、グラウンドに大きな声が響きわたった。
部員たちにとって、岩隈氏の言葉は宝物だ。初めて指導を受けた際に「キャッチボールが上手くなれば、失点を半分に減らせるよ」と金言を送られ、その教えをしっかり守っている。成果は目に見えて現れている。2025年夏は上水高を相手に22失点、同年秋は強豪・二松学舎大付高戦で18失点、今年3月の三鷹中教校戦では15失点。着実に失点が減ってきた。
2度目の訪問では「次はみんなで1点取ろうよ」と声を掛けられ、奮起。2024年3月の産業技術高専戦でチーム初得点を挙げると、同年夏の上水高戦でも1点を記録した。岩隈氏は自身のアドバイスに耳を傾け、忠実に守り、結果を出し続ける部員の成長が嬉しくてたまらないという。
「いや、もう本当に嬉しいですよ。結果だけじゃないですけれど、そういう努力(の成果)が、結果や数字として見られるっていうところが、こうやって応援させてもらってる中でも僕自身の喜びにも感じますし、まだまだ応援したいなという気持ちになります」
この日は投手をメインに技術指導を行った。今夏のエースとして名乗りを上げる岩本大志投手(3年)ら3投手に、身ぶり手ぶりを交えながら投球のポイントを伝える場面も。「指導させてもらってる中でも(質問を)聞いてくれるようになってきた。それは本当に上手くなりたいんだっていう気持ちの表れだと思うので、すごく嬉しいですね」と相好を崩す。
野球が広げた生徒たちの可能性「環境があるのは、すごく大事」
小学1年生から野球をはじめ、日米通算21年のプロ生活を送った岩隈氏。野球で大変な思いをしたこともあるが、引退後に「青山東京ボーイズ」を立ち上げて中学生の指導にあたっているのも、野球というスポーツが持つ魅力を子どもたちに伝えていきたいという思いがあるからだ。その野球が知的障害のある生徒たちの可能性を広げ、また、その野球を通じて彼らと出会えたことが嬉しい。
「入部予定の1年生の中には八王子から通う子がいるようです。でも、それだけ高校野球をやりたいという思いがあるということ。障害があっても野球ができる。みんなで楽しく、上手くなれる環境があるのは、すごく大事だなと思います」
失点を減らし、得点を挙げた今、次なる目標は「1勝」だ。3年前のベースボール部立ち上げ当初であれば、「1勝」という目標は夢のまた夢に聞こえたかもしれない。だが、今はこの目標を笑う人はいないだろう。岩隈氏も「1勝」は確実に近づいていると感じている一人。その後押しをするために、近日中にも再び指導に訪れる予定もある。
「特別支援学校も高校野球を頑張っている姿を、みんなに知ってもらいたいですね。その中で1勝を目指している子どもたち。その1勝をぜひ勝ち取ってほしいという思いで応援しています」
今年の全国高校野球選手権西東京大会は7月4日に開会式が行われる予定だ。本番まで、およそ2か月。ベースボール部員たちが秘める無限の可能性を、岩隈氏は信じている。
(佐藤直子 / Naoko Sato)