経営者、バス運転手、スカウト…多彩な肩書きの異色コーチ 八王子実践に息づく“愛情”「3年の夏は同じでない」

八王子実践野球部・恩田宣男コーチ【写真:岡部直樹】八王子実践野球部・恩田宣男コーチ【写真:岡部直樹】

八王子実践野球部・恩田宣男コーチの揺るぎない信念

 今年で60歳になるが、毎週日曜日は大型バスのハンドルを握る。平日は会社の社長として机に向かい、空いた時間はすべて野球部に注ぐ。八王子実践硬式野球部コーチの恩田宣男さん。2025年夏の西東京大会ベスト8という22年ぶりの快挙を、裏方として支えた。技術を教えるより先に、人間を育てる。その信念がグラウンドの外からチームを動かしている。

 東京・日野市出身。都立日野高から日本体育大へと進み、卒業後は教員となり、静岡・常葉大橘で指導の道を歩み始めた。その後、父親の事業を継ぐために八王子へ戻り、文房具や事務機器を扱う会社の経営者となった。息子が所属していた地元のシニアチームで当時の八王子実践監督と出会い、声をかけられたことがきっかけで、それ以来、約15年にわたり同校野球部を支え続けている。

 会社の経営者として朝から社員と向き合い、夕方には練習グラウンドへ足を運ぶ。土日は、遠征や練習試合の送迎で早朝から動き始め、長距離移動でも自らバスを運転し、選手を送り届ける。多忙な日々にも関わらず、“野球部の一員”として関わり続ける。娘から「倒れるなら会社の前で倒れてほしい、野球は労災が下りないから」とユーモアたっぷりに心配されるほど、情熱は周囲に伝わっている。

 コーチとしての役割を尋ねると、答えは明快だった。「(河本)ロバート監督がやりたいことをサポートする。それだけです」。

「野球界に必要な人材」と語るロバート監督に技術指導やチームづくりは委ねる。コーチである自分の仕事は、選手を安全に送り届け、良い環境で野球ができるように整えること――。裏方に徹する姿勢を崩さない。

 恩田コーチが伝え続けるものがある。挨拶の仕方、グラウンド整備への姿勢、自分たちの行動で周囲に迷惑をかけないこと。「八王子実践野球部が通った後は綺麗になった、と言われる集団になろう」。その言葉はチームの品格を形成している。

 指導の根底にあるのは、選手一人ひとりと向き合い、対話を重ねるという信念。ロバート監督の采配だけでなく、こうした人間教育が根づいているからこそ、試合を観た保護者やOBから「見ていてワクワクする」との声が届くのだろう。

3年夏の大会は集大成「選手一人ひとりにストーリーがある」

 恩田コーチのスカウティングは、選手の中学時代から始まる。本人や保護者と直接話し、「うちで野球をやらないか」と声をかける。昨夏のベスト8進出に貢献した小宮瞬太さんもその1人だ。「入学してきたときは細かった。でも、体ができて、うまくなって、大学からも声がかかった。本人も大学野球を頑張ると言っています」。そう語る表情には、保護者のような温かさがあった。

「3年生の夏は毎年同じようで、同じじゃない。選手一人ひとりに、入部してからのストーリーがあります」。中学時代から選手の成長を見守ってきた恩田コーチにとって、3年夏の大会は、単なる勝負の場ではなく、長い物語の集大成なのだ。

 2024年夏、西東京大会に初出場した都青鳥特別支援学校の試合に、八王子実践の部員全員が応援に駆けつけた。恩田コーチの日体大時代の先輩・久保田浩司監督が同校を率いており、合同練習を通じて、選手も保護者も顔なじみになっていた。当日、恩田コーチは部員全員をスタンドへ連れていったが、何も説明はしていなかった。そんな中でも、自分たちの試合のように必死に声を上げ、声援を送った。

「こいつら、いいやつらだなって、心から思いましたね」。誰かのために本気になれる心の成長――。それが翌2025年夏のベスト8進出につながったのではないかと、恩田コーチは静かに確信している。

結果は過去、大切なのは心の成長

 恩田コーチが選手に繰り返す言葉がある。「結果は一つの過去。思い通りにならなくても、それをいい過去にできる未来にしていこう」。甲子園に届かなかったとしても、その経験をポジティブに前へつなげてほしいという願いを込めている。勝敗や進路より、心の成長こそが最大の目標だと恩田コーチは語る。

「やめてくれと言われるまでは続けたい」。そう言って満面の笑みを見せた。

 経営者、コーチ、スカウト、そしてバスの運転手。肩書きは一つに収まらないが、本質にある思いは同じだ。選手たちが輝く場所を、陰から支えること。恩田宣男との出会いそのものが、八王子実践の部員たちにとって、大きな財産なのかもしれない。

【筆者プロフィール】 豊嶋 彬(とよしまあきら)1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。

(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)

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