広島戦で5回途中から救援して1回1/3を1安打1失点
戦いの場所に帰ってきた。DeNAの石田健大投手が6日、横浜スタジアムで行われた広島戦で5回途中から救援登板。1回1/3を投げ1安打1失点だったが、1年11か月ぶりに本拠地の大歓声を浴びた。左肩の故障を繰り返した日々からはい上がった左腕は、「『ああ、野球やってんな』って感じがします」と充実の汗を拭った。
先発の深沢鳳介投手が5回に8点目を奪われ、なおも2死一、三塁のピンチで出番が来た。矢野雅哉内野手を145キロの直球で中飛に打ち取り、わずか1球で脱出。回跨ぎとなった6回に先頭の持丸泰輝捕手に初球の直球を右翼席へ運ばれたが、その後はアウトを3つ重ねてバトンを繋いだ。
「神宮での登板(3日のヤクルト戦)はありましたけど、ホームでは1登板目。たくさんの歓声がある中での試合も久しぶりだったので、本当に幸せなことだなと思いました。一発病はありましたけど、ボール自体はだいぶよくなっていると思うので、もっといい場面で投げられるように、抑えることを第一優先で頑張りたいです」
2024年6月6日に左肩の違和感で1回緊急降板→長いリハビリの日々
この声援を再び聞くために、つらい日々を乗り越えてきた。2024年6月6日のオリックス戦(横浜)に先発するも、左肩の違和感により1回無失点で緊急降板。翌7日に出場選手登録を抹消されてから、長く険しい道のりが始まった。
良くなっては悪くなって、の繰り返し。自分に期待しては、落ち込んだ。昨季は2軍では15試合に登板したが、プロ11年目で初めて1軍登板なしに終わった。これだけ長期離脱したのは野球人生で初めてのこと。「メンタル的に、常にしんどかったですね。きつかったです」と打ち明ける。
「もう横須賀と家の行き来だけの生活だったので。変わったこともないですし、治療院に行って帰って、飯を食って寝て、朝起きて練習に行くみたいな……。本当、野球が面白くなかったなと思います。切り替え方は見つかりませんでしたよ」
昨オフには初めて、宮崎敏郎内野手らと自主トレを行った。これまで投手と合同自主トレを行っていた左腕だが、誘いを受けて参加した「宮崎組」は「全然モノが違うトレーニング」だった。基礎トレーニングをメインに体を追い込み「初めて『きつすぎるな』という感覚になりました」と驚きの連続だった。
なによりも、37歳にして誰よりも追い込む宮崎の姿に衝撃を受けた。「宮崎さんがあれだけ活躍されていることに『なるほどな』と思いましたし、ここまでやらないといけないんだなとも思いました。僕も34歳の代になるので、1年でも長くやるためには絶対に必要な時間でした」とさらなる向上心を生むキッカケとなった。
「戻ってこられないと思っていた時期もあったので、いい悩みになった」
33歳の石田健大が、このまま終わるわけにはいかない。今年5月2日に2シーズンぶりに1軍に昇格すると、3日のヤクルト戦(神宮)で復帰登板。そしてついに、横浜スタジアムのマウンドを踏んだ。2試合連続失点となり、もちろん反省が口を突く。でもそんなところにも、小さな幸せがあるのだ。
「肩のことを気にせず、打者に対してどう抑えようか考えながらボールを投げられている。肩の悩みから、打たれたことへの悩みに切り替わっているんです。もう自分でも、ここまで戻ってこられないと思っていた時期もあったので、いい悩みになったというか。ブルペンで名前が呼ばれるのをドキドキしながら待機しているのも、気疲れはするけど楽しいですよね」
手薄な左の救援として、懸かる期待は大きい。さらに経験豊富なベテランとして、チームを引っ張る役割も求められる。「やっぱりいいなって思いましたね、あの景色で投げるのは」。まずは“復帰”のハードルを越えた。ここからさらなる高みを目指していく。
(町田利衣 / Rie Machida)