取材に訪れたヒューストンで遭遇した「いかにもメジャー」な場面
名残惜しそうにキム・ヘソンの手を引っ張る姿は、何か感じるものがあったからなのか……。
4日(日本時間5日)、ヒューストンで行われたアストロズとドジャースの試合前練習でのこと。キム・ヘソンに近づいてくるアストロズの選手がいた。シェイ・ウィットコム内野手は、韓国系アメリカ人として3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で韓国代表に加わり、強打のユーティリティとして活躍した選手だ。
「久しぶりって言ったくらいですよ。会ったのはWBC以来でしたし」とキム・ヘソン。2人はお互いのグラブに手を入れ、何やら談笑していた。そしてドジャースのウオーミングアップに戻ろうとするキム・ヘソンの手をウィットコムが引っ張り、なかなか離そうとしなかった。驚きのアナウンスがあったのは、それから1時間後だった。
記者席のスピーカーから「ウィットコムを3Aに降格させます」との声が聞こえた。練習中に正捕手のヤイネル・ディアスが脇腹を痛め、急遽捕手を補強する必要に迫られたのだ。代わりに降格する選手として選ばれたのが、今季13打数1安打と不振のウィットコムだった。この日の練習では早出して特打をこなすなど、意欲的な姿を見せており、あまりに突然の出来事だった。
華やかさの裏に、過酷な生存競争があるメジャーリーグ。それを象徴する“いかにも”という場面を目にして思い出したのが、ブルージェイズやメッツ、そして日本ハムでもプレーした加藤豪将氏に聞いた言葉だ。
「昇格も降格も、自分ではコントロールできないことばっかりなんですよ。自分がコントロールできることだけをコントロールしないと、本当に頭がおかしくなっちゃうので」
マイナーリーグの現実…キム・ヘソンが強調「とにかく違うんです」
加藤氏は、2022年4月にブルージェイズで初めてメジャー昇格を果たしたが、5月に事実上の戦力外となるDFAを通告された。自身のパフォーマンスが主原因ではない。雨天中止の影響で、翌日に即ダブルヘッダーが発生し、どうしても投手を登録しなければならなくなったのだ。今となっては「それは本当にビジネスの世界」と言い切れる加藤氏も、当時はなかなか割り切れなかったという。葛藤を何度も繰り返し、自分のできることだけにフォーカスする癖が、自然と身についていった。
韓国代表では中軸を担ったウィットコムも、メジャーではまだ通算50試合出場にすぎない選手。チーム事情を前にして、なす術がなかった。悔しければ自分の力で這い上がるしかない世界なのだ。
ウィットコム降格のニュースを、キム・ヘソンは、ドジャースが8-3と快勝した試合後に知った。「はい、聞きました。終わってからネットのニュースというか、公式発表のような形で知ったので」。通訳が気づいて、教えてくれたのだという。
「米国ではよくあることなので……。心は痛みますが、またしっかり結果を出して、すぐに上がってくるだろうと思っています」
キム・ヘソンも、メジャー挑戦以降、2年連続で開幕を3Aオクラホマシティで迎えている。3Aとメジャーの投手が投げるボールについては「それほど変わらないです」と話す一方で、「とにかく、ご飯が違うんです。全く」と、食事の“違い”を強調する。
移動も食事も、何一つ不自由がないようにセットされているメジャーと違い、マイナーの食事はサンドイッチやピザ。ハングリー精神を掻き立てる意味合いもある。昇格するために選手は何をすべきなのかと聞くと、キム・ヘソンの答えは明快。それは加藤氏が達した域に通じるものがあった。
「選手がどうこうできることではないので。選手は一生懸命やるだけで、チームが必要だと思えば呼ぶものですから……。そういうものなので、選手のやるべきことは変わらないと思います」
試合後、取材で入ったアストロズのロッカールームに、もうウィットコムの席はなかった。ところが事態は2日後の6日(同7日)にまた新たな展開を見せる。アストロズのロッカーに現れた中心選手のカルロス・コレアは痛々しい松葉づえ姿。練習で左足首の腱を断裂し、今季絶望となったのだ。
負傷者リスト(IL)入りに伴い、昇格したのは前日、3Aシュガーランドの試合に出場していたウィットコム。いつの間にかロッカーにはウィットコムの名札が入り、本人が到着。慌ただしく守備練習に向かっていった。突然の降格も、昇格もメジャーならでは。この中でタフさを身に着けた者だけが、富と名声を手にできる。
(羽鳥慶太 / Keita Hatori)