エンゼルス広報部のマット・バーチ氏「スタッツを探しながら、とてもワクワクしていましたね」
ドジャースの大谷翔平投手が、慣れ親しんだエンゼルスタジアムで躍動した。「1番・DH」で出場した17日(日本時間18日)のエンゼルス戦では5打数3安打2打点を記録し、チームの5連勝に貢献した。2018年から6年間を過ごした古巣であり、メジャー史を次々と塗り替えていく出発点となった。そんな数々の偉業を、歴史の文脈に乗せて伝えてきた“職人”がいる。データの海に飛び込み、その価値を拾い上げたエンゼルス広報部のマット・バーチ氏だ。
「メジャー史上初」「実に○年ぶり」「ベーブ・ルース以来の……」
大谷の活躍を伝える見出しに、こんな言葉が踊るのを見たことがある人は多いだろう。100年以上にわたって積み重ねられてきた野球の歴史を調べ上げ、いかに珍しい事象であるか、その“価値”を瞬時に伝えてきた一人がバーチ氏だ。報道陣向けの発信だけでなく、自身のX(旧ツイッター)で一般にも公開している。
「彼のおかげで忙しかったですよ」。大谷がエンゼルスを去ってから3シーズン目。バーチ氏は二ヤリと笑って当時の熱狂を振り返る。
分かりやすいところで言えば、2022年に達成した「投打両方での規定到達」がメジャー史上初の快挙だったことも、バーチ氏がデータを遡って確認した。細かい偉業にも焦点を当てる。一例を挙げると、2023年6月18日(同19日)に、「7試合で二塁打2本以上、本塁打6本以上、10四球以上」をマークしたのが1957年のテッド・ウィリアムズとミッキー・マントル以来だったというマニアックな記録を紹介したこともある。
「彼が投打両方をやっているときは特に楽しかったです。投打を合わせることで、かつて一度も起きたことがないスタッツが山ほど出てくるんです。しかも投だけでも打だけでも非常に特別なことがたくさんありました。スタッツを探しながら、とてもワクワクしていましたね」
数ある印象深い記録の中でも特にお気に入りなのが、2021年4月26日(同27日)のレンジャーズ戦。前日のアストロズ戦でMLBトップタイの7号を放っていた大谷はこの日、「本塁打数でメジャートップに立ちながら、先発マウンドに上がったちょうど100年ぶりの選手」になった。前回の1921年に達成した先人は、かの有名なベーブ・ルースだ。
小さい頃から野球の歴史に興味を持ったバーチ氏は、試合を見ながらスコアをつけ、本を読み漁る少年時代を過ごした。2012年にインターンとしてエンゼルスに入ると、調査に役立つデータベースやツールにアクセスできるようになった。「どんどんできることが増えていきました。この仕事が大好きです」。現在はシニア広報マネジャーにまで昇進。“記録オタク”にとって、まさに天職だ。
大谷との一番の思い出は「やっぱり二刀流で…」
世紀を跨いで残っている膨大なデータの中から、いかにして必要な情報を抽出しているのか。バーチ氏は事もなげに言う。
「購読している複数のウェブサイトを使えば、数多くのデータを瞬時にソートすることができるんです。あとは彼がやってきたこと、近いうちにやりそうなことに目を向けて、アイデアを得る。そこからリサーチし、それらを結びつけ、できるだけユニークで特別なものであるように見せるんです」
ほとんどの場合、記録が達成される前に準備は済んでいる。「こんなことが起きたら、こういったことが関係してきそうだな」と事前にシミュレートし、先にリサーチを終わらせるようにしている。だからこそ、歴史的偉業をタイムリーに広く知らしめることができる。
数えきれないほどの記録を生み出してきた大谷との6年間。一番の思い出は「毎日彼と一緒にいて、投打両方で彼が努力している姿を見てきたこと……でもやっぱり、彼が二刀流で出ていた試合ですね。あれはおそらく見ていて最もスペシャルなものでした」。思い出したのは、メジャーで初めて“リアル二刀流”を解禁した2021年4月4日(同5日)のホワイトソックス戦だ。
1回表のマウンドに上がって剛速球で無失点にねじ伏せると、その裏には右中間に特大弾を叩きこんだ。
「Wow」
普段はできるだけ感情を持たずに数字と向き合うバーチ氏も、時には鳥肌を立ててしまう。この時もそんな瞬間だった。
大谷は2024年にドジャースに移籍。「エンゼルスに集中しているので、今はそれほど彼のことは見られません。たまにネットで見るぐらいです」とバーチ氏は言う。かつてのように歴史的快挙を調べる機会は激減した。だが、アナハイムを飛び立ったユニコーンの足跡は、記録だけでなく記憶にもしっかりと刻まれていた。
(鉾久真大 / Masahiro Muku)