韓国にもあった神ドラフト…上位の高卒野手2人が揃ってメジャーへ
「そりゃ、不思議な感じはしますよ。ヘソンとはずっと同じチームでプレーしてきたわけですからね……」
SNSでよく見られる“神ドラフト”という言葉がある。ドラフト会議で指名した選手が揃って活躍し、チームが上位進出を果たすというサイクルがプロ野球のシステムでは理想だ。そしてドラフト会議を通じて、選手補強の公平性を確保しているのは日本だけではない。もし韓国プロ野球で神ドラフトを探すなら、2016年のネクセン・ヒーローズはかなり上位に入るだろう。
何しろ、上から2人続けて指名した高校生野手がその後レギュラーに成長しただけでなく、現在揃ってメジャーリーグのグラウンドに立っているのだ。ジャイアンツのイ・ジョンフ外野手に、同期入団のキム・ヘソン内野手とドジャースタジアムで対戦するのはどんな気分かと聞いたときに出てきたのが、冒頭のセリフだった。
当時、韓国プロ野球のドラフトはまず本拠地を置くエリアから1人を「1次指名」として選択し、そこで指名されなかった選手を10球団が順番に「2次指名」していくシステムだった。6月の1次指名で、イ・ジョンフを指名したのはソウルに本拠地を置くネクセン。中日でもプレーしたイ・ジョンボム氏の息子として、すでに有名な存在だった。
キム・ヘソンは1巡目指名も「高い順位で指名されるとも思っていなかった」
そして8月の2次指名で、ネクセンが1巡目指名したのがキム・ヘソンだ。2人は実質的に1位、2位指名だったことになる。キム・ヘソンは指名当時を「ジョンフが1次指名を受けるのは誰もが予想していたでしょうが、私はネクセンというチームに行くとは思っていなかったですし、それほど高い順位で指名されるとも思っていなかったんです。指名されたことが本当にありがたかったですね」と振り返る。当日の心境も「もし、自分を必要としてくれるチームがあれば指名されるだろうと……」。チームメートになったのは、意外な展開だった。
この時点で、2人はともに遊撃手だったのも理由の一つ。ただ直接のポジション争いが発生する前に、道は分かれた。レギュラーには2人の3歳年上で、後にメジャーリーグへ挑戦するキム・ハソン(ブレーブス)がいた。「ハソン兄さんがいたので、僕は外野に、ヘソンは二塁にと自然になりましたね」と言うのはイ・ジョンフ。そして高卒1年目から大ブレイクする。
ドラフト同期…先を走るイ・ジョンフ、追いかけるキム・ヘソン
2017年のイ・ジョンフは全試合に出場し打率.300、179安打を残し新人王に輝いた。2年目には193安打。徐々に長打力も伸ばし、6年目の2022年に打率.349、23本塁打、113打点。首位打者、打点王、最多安打を獲得し、MVPに輝いた。入団時にもらった背番号41を、2年目からはイチローにあやかって51に変えた。若きスターとして疾走し続け、韓国でも51番は俊足好打の外野手の象徴となった。
キム・ヘソンはその背中を、一足遅れで追いかけた。1年目は主に2軍戦で腕を磨き、2年目には1軍のレギュラー二塁手に。2021年にはキム・ハソンが大リーグに移籍した穴を埋めるため、遊撃手に再転向した。この年46盗塁でタイトルを獲得。さらに失敗は4つだけと、9割を超える成功率を誇った。2人はそれぞれが持ち味を生かし、チームを引っ張った。2019年と2022年には韓国シリーズにも進出した。
メジャーリーグへの挑戦も、イ・ジョンフが一歩先を行った。2023年のオフにポスティングシステムの利用に手を挙げると、6年で1億1300万ドル(約164億円)という巨額契約を結んでジャイアンツへ。1年遅れでキム・ヘソンはドジャースと契約した。
だから、ドジャースとジャイアンツのロッカールームに行き、お互いに聞いた。「2人の関係性を教えてほしい」と。ライバルなのか、それとも……。答えは同じだった。
「友達じゃないですかね。やっぱり」
2人は高校時代に知り合った。イ・ジョンフはキム・ヘソンのことを「僕たちは青少年代表(U-18)の時から一緒で、10年来の友達なんです。ずっとずっと共に成長してきた仲間です。ヘソンとは同じチームで長く野球をやってきましたからね……。今は互いに違うチームにいるとはいえ、本当に良い友達ですよ」と表現する。
キム・ヘソンも飾らない言葉を並べた。「友達ですよ。プロへ一緒に同期として入団して、同じチームでずっと苦楽を共にしながら、いつも本当に一緒に気合を入れながらやってきた仲なので……。本当に良い友達です」。
考えたこともなかった米国挑戦、心揺れた国際大会
キウムと前身のネクセンからは、他球団に比べ圧倒的に多くのメジャーリーガーが輩出されている。現在MLBでプレーする4人の韓国人野手は全員このチームの出身だ。過去にもパク・ピョンホ(ツインズ)やカン・ジョンホ(パイレーツ)がいた。韓国プロ野球からMLB行きを果たした野手は9人いるが、うち6人がここの出身なのだ。リーグで唯一親会社がないチームで、選手の米国行きを積極的に後押しする傾向がある。
ただ2人に、最初からメジャー志向があったわけではない。最初はプロの世界で生き残るのに必死だった。イ・ジョンフは「最初から絶対にアメリカに行きたいとは思っていなかったですし、考えたこともなかった」と振り返る。心が動いたのは、2021年の東京五輪だった。
「オリンピックで良い投手たちの球を打ってみて『あぁ、自分も外に出てやってみたいな』と考えるようになったんです。日本にもアメリカにもいい投手がいましたから。あと、その時にそのハソン兄さんがアメリカに行ったんです(ポスティングでパドレス入り)。真剣に考えるようになったのはそれからです」。五輪で韓国は4位に終わったが、準決勝で対峙した日本の山本由伸や、米国のジョー・ライアン(現ツインズ)ら超一流の投球を体感したことが、世界を意識する転機となった。
キム・ヘソンの挑戦は2023年WBCで「力不足」を感じたことがきっかけだった
キム・ヘソンが同じことを考えたのは、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)だった。「自分の力不足を強く感じました。日本を含む強い国、良いチームと対戦する中で『自分も野球人としてもっと発展したい、良い舞台で野球をしてみたい』という思いが湧いてきたんですよね。世界最高の舞台に行ってこそ、より良い選手になれるのではないかと。一度挑戦してみたいという気持ちになりました」。
望んだ舞台で戦い続ける2人には夢がある。イ・ジョンフは「今、日本人選手がたくさんメジャーリーグに進出しているように、韓国からも多くの選手が来られるように道を作りたい」と口にする。特に「怪我をしなければメジャーに来られる」と近未来の渡米を期待するのが、キウムの1年後輩に当たるアン・ウジン投手。最速160キロを誇る右腕だ。
14日(日本時間15日)のドジャースタジアムでの試合。ドジャースの「9番・二塁」で先発したキム・ヘソンが適時打を放てば、ジャイアンツの「1番・右翼」のイ・ジョンフはランニング本塁打を放った。世界最高の舞台での応酬は、後に続く選手に夢を与える。日本の選手が当たり前のようにメジャーに挑む今、その潮流は2人の絆のように、韓国でも確実に加速している。
(羽鳥慶太 / Keita Hatori)