「技術が時代に追いつかなかった」 TJ手術3度…引退4日後に10回目のメス、元燕右腕の覚悟

元ヤクルトの館山昌平氏がポッドキャストに出演
ヤクルトで17年間プレーし、通算85勝をマークした館山昌平氏(社会人野球「MARUHAN GIVERS」監督)がポッドキャスト番組「Full-Count LABー探求のカケラー」に出演した。現役時代に9度の手術を乗り越え「不死鳥」と呼ばれた同氏が、マウンドに上がる際の壮絶な覚悟や、自身の体に対する驚きの探究心について赤裸々に語った。
館山氏は2019年10月、引退の4日後に10回目の手術を受けている。現役時代を含め、その縫合は通算191針にも及んだ。ただし、引退直後の手術は怪我の治療が目的ではなかった。
「肩も肘も全部、内視鏡で開いて見たんですけど、そこは全く問題がなかったと。なので、怪我でパフォーマンスが落ちてきたというわけではなくて、最後の最後まで手術したところは健康で無事役目を果たしたというか、しっかりパフォーマンスは出せたんだと。あとは技術が時代についていかなくなって引退することができたっていうのは、もう本望だったのかなという風に思いますね」
怪我が原因ではなく、自分が投手としての限界に達していたことを“確認”できた。「技術が追いつかなくなった、その時代には勝てなくなったので引退しますっていうのが良かったかなっていう風に思います」と当時の胸中を振り返った。
毎試合、覚悟をもってマウンドに立っていた。手術を受けた投手は復帰後、腕の角度などフォームをモデルチェンジして再発防止に努める傾向があるが、「私の場合はそれはせず、求められる限り、全力で腕を振ろうと思っていた。だから何度かぶっ壊れたんですけど」と苦笑い。毎回、登板前にダッシュのタイムを計測し「今日がベスト。今日、もし肘が“飛んで”も大丈夫」との思いを抱いていたという。

45歳の現在も140キロも「中2か月かかります(笑)」
10度の手術のうち、トミー・ジョン(TJ)手術は3度を数える。当時において3度目のTJ手術から復帰し、白星を挙げた先発投手はメジャーを通じても館山氏が初だったという。「当時は3度目から復帰の確率は12.5%と言われていました」。リハビリに1年から1年半は要するとされるだけに、年齢的な部分においても、3度目からの復帰は困難とされているのでは、と私見を述べた。
肩肘は今も“健康”だ。引退から3年後の41歳で145キロを計測した。45歳となった今でも140キロ前後を投げられるという。ただし、「中2か月かかります。ローテは守れません」と笑った。怪我を悲運で終わらせず、限界まで自身の体を突き詰め、17年間のプロ生活で積み上げた85個の白星は、今でも勲章だ。