派手に喜ぶ侍J…のちのMLBスターたちは「慣れていなかった」 大学野球で異例の警告試合、“216億円男”になった名手が思い出す13年前の衝撃
第39回日米大学野球の第5戦で死球を受けた岡大海(2013年)【写真提供:産経新聞社】ジャイアンツのマット・チャップマン、13年前の日米大学野球での“警告”を回顧
13年前の夏、日本で開催された日米大学野球では、グラウンドが騒然となる瞬間があった。2013年7月11日に神宮球場で行われた第5戦、岡大海外野手(明大、現ロッテ)への死球に両チームがベンチを飛び出す事態に。学生野球では異例の警告試合が宣告された。当時の米国チームには、その後メジャーの主力へ成長した選手も多い。ゴールドグラブ賞5度の名手、マット・チャップマン内野手(ジャイアンツ)にも、記憶は鮮明だという。
大会は日本が3勝2敗で、2大会ぶり17度目の優勝を飾った。最優秀投手には山崎康晃投手(亜大―DeNA)が選ばれるなど、当時の代表には後にプロ野球で活躍した面々が揃っていた。大瀬良大地投手(九州共立大―広島)や山崎福也投手(明大、現日本ハム)、坂本誠志郎捕手(明大―阪神)、吉田正尚外野手(青学大、現レッドソックス)らが名を連ねる。
ジャイアンツのマット・チャップマン【写真:ロイター】騒動が起きたのは、4回だった。日本の「7番・一塁」で先発した岡が1死から打席に立つと、米先発のブランドン・フィネガン(元レッズ)の速球を右ひざに受けた。岡は激高し、ヘルメットを地面にたたきつけると前へ。両軍ベンチから選手が飛び出し、あわや乱闘という事態になった。
さらに5回、中村奨吾内野手(早大―ロッテ)が本塁打を放った時には、ダイヤモンドを1周する中村に米国選手から大声が飛ぶなど不穏な空気に。親善ムードも吹っ飛びかねない事態を審判団は憂慮。日本の善波達也監督、米国のジム・シュロスネーグル監督に警告試合を言い渡した。
この時、米国の三塁を守り、走る中村の前に立ちふさがるような形になったのが4番打者のチャップマン。まだ大学2年、20歳だった。ベンチが空っぽになった瞬間、警告試合となった経緯ももちろん覚えているという。若さゆえの先走りを、今はこう振り返る。
チャップマンは「あれができるのは、世界にたった1人しかいません」と大谷翔平を称える【写真:黒澤崇】(羽鳥慶太 / Keita Hatori)