中日から無情の通告「2、3日は泣いた」 闘将の罵声がきっかけ…突然始まった“見習い”生活|球界群像 豊田誠佑#19
元中日・豊田誠佑氏【写真:山口真司】日本Sで東尾修から安打…「まだ1年くらいできる」と思い車を購入
「終わり」は突然やってきた。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は1988年限りで現役を引退した。ドラゴンズ一筋10年間で区切りとなったが、当初は“プロ11年目”に向けて、やる気満々だったという。それが幻になった。選手を続けることができなかった。浜松で行われた秋季キャンプメンバーに入って参加したところで、星野仙一監督から“引退勧告”されたという。
1988年は中日がセ・リーグを制した。プロ10年目の豊田氏は主に代打、守備要員として88試合、84打数16安打の成績ながら1軍でチームを支え、V戦士になった。1勝4敗で敗れた西武との日本シリーズでもベンチ入りし、第2戦、第4戦、第5戦に途中出場。10月27日の第5戦(西武)では6回から左翼守備につき、9回の打席で東尾修投手から右前打を放った。「日本シリーズでもヒットを打ったし、まだ1年くらいできるだろうと思って車も買ったんですよ」。
この年で現役を終えるとは、その時点は全く考えていなかった。「シリーズが終わって(選手宿舎があった)立川から東京まで(JR)中央線で移動した時に、(星野)監督と一緒になって、隣でいろいろ話をしたけど、僕がやめる話なんて出なかった。『やっぱり西武は強かったなぁ』とか、そういう話しかしなかったですからね」。その後に発表された浜松秋季キャンプメンバーにも名前があった。“11年目シーズン”へまた気合を入れ直して浜松に入った。例年と同じ秋の流れのはずだった。
しかし、状況が一変した。「普通に練習していたんですよ。アップもしたし、走塁練習もしていたんですよ。そしたら、星野さんに『お前、もうどけ!』って言われたんですよ、いきなり」。何が何だかわからなかった。「その後はよく覚えていないけど、ボーッと突っ立っていたと思う」という。「どういう意味なんだろうと考えていたら、その日の夜かな。(外野守備走塁コーチの)島野(育夫)さんに呼ばれたんです」。
監督付の見習いで“お世話係”に…翌1989年から2軍外野守備走塁コーチ就任
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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