「日産って大丈夫?」の声も…迷いなき決断 ドラフト指名漏れ→名門に加入、ルーキー右腕が社内で感じた“温かさ”

今春から日産自動車でプレーする堀川怜央【写真提供:日産自動車野球部】今春から日産自動車でプレーする堀川怜央【写真提供:日産自動車野球部】

迷うことなく選んだ「ブルーバード」が描かれたユニホーム

 昨季、16年ぶりに活動を再開した日産自動車野球部。長い休部期間を経て復活を果たしたが、2024年度決算では6700億円を超える巨額赤字を計上。野球部の拠点でもある横須賀市の追浜工場では車両生産終了も予定されるなど、会社は経営再建の途上にある。それでも迷うことなく、名門でプレーすることを誓った1人の右腕の思いに迫る。

 今春、北海学園大から入社した堀川怜央投手。野球部の象徴でもある「ブルーバード」が描かれたユニホームでプレーすることを決めた際、誰よりも喜んだのは、かつて社会人野球でプレーした父親だった。

 幼い頃からキャッチボールをするなど、野球は身近な存在だった。「野球をやれ」と言われたことは一度もないが、学校で配られた少年団の体験練習会の案内を見て「やってみたい」と父親に伝えた。堀川の野球人生がスタートした。

 ポジションは、幼い頃からずっと投手。そこには父親の影響があった。「父がピッチャーだったんです。少年野球チームのヘッドコーチが父の現役時代を知っていて、自然とピッチャーになりました。小さい頃から肩は強かったですし、遠くまでボールを投げられたので、ずっとピッチャーをやっていました。身長が父に追いついた頃から、『お父さんに似ているね』と言われることも増えました」。

 子どもの頃からプロ野球選手を目指し、大学4年時にはプロ志望届を提出した。しかし昨秋のドラフトで、堀川の名前は呼ばれなかった。北海学園大からは工藤泰己投手が広島から4位指名、高谷舟投手がオリックスから5位指名、常谷拓輝内野手が日本ハムから育成1位指名を受け、3人がプロの扉を開いた。

 指名されなかったことは悔しかったが、必要以上に落ち込むことはなかった。目標は「プロに入ること」ではなく「プロで活躍すること」。大学からでも、社会人からでも、たどり着く場所が同じなら問題はない。だからこそ、チームメートのプロ入りも素直に喜べた。

伊藤監督から「ぜひ来てほしい」、入社を即決

 ドラフト後の進路は決まっていなかった。「野球を続けられるなら、どこでもいい」。そんな思いを抱く堀川に声をかけたのが、練習参加していた日産自動車だった。

 都市対抗に29回出場し、2度の優勝を誇る名門だが、その歴史を詳しく知っていたわけではない。

「お恥ずかしい話なんですが、社会人野球にあまり詳しくなかったんです。自動車メーカーは、どこでも野球部を持っているものだと思っていたので、日産が復活したと聞いた時、『日産って野球部なかったんだ』くらいの感覚でした。ただ、練習参加の話をいただいてから、父にいろいろ話を聞くようになりました。父の現役時代、日産は都市対抗で優勝していて、父にとって日産の皆さんはスーパースター。まさに雑誌の中の人だったようです。『監督があの伊藤(祐樹)さんでしょ。ヘッドコーチが四之宮(洋介)さんでしょ』って、すごく驚いていました」

 父親にとって、日産自動車は社会人野球を代表する特別な存在だった。都市対抗優勝の記憶や、そこに関わった選手、指導者たちへの憧れ――。そうした話を聞き、自らも調べるうちに、次第にチームへの思いを強くしていった。ドラフト後、伊藤監督から「ぜひ来てほしい」と直接電話を受け、入社を即決した。

マウンドで躍動する堀川怜央【写真提供:日産自動車野球部】マウンドで躍動する堀川怜央【写真提供:日産自動車野球部】

 プロを目指すなら独立リーグという選択肢もあった。DeNAの若松尚輝投手は幼馴染であり、同じ少年野球チームで育った3歳上の憧れの先輩。四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスを経て、NPB入りを果たした若松にも進路を相談した。

「若松さんの話は、本当に参考になりました。独立リーグは給与面や年齢的なこともありますし、結果を出し続けないと厳しい世界だと聞いていました。ただ、声をかけてくれたチームは西日本が多く、北海道から出たことがない自分には、関東でやる方が合っているかなと思ったんです」

公式戦で感じたレベルの高さ、肌で感じた期待

 日産自動車はいま、経営再建の途中にある。周囲からは「日産って大丈夫なの?」と心配されることもあったが、堀川に不安はなかった。野球で結果を残すことが会社を盛り上げる力にもなると信じ、前を見据える。入社後、野球部が会社からどれほど歓迎されているかを肌で感じる出来事があった。

「入社式の時、部署訪問があったんですけど、僕の部署の方が野球部のユニホームを着て迎えに来てくださったんです。『我々の部署にも待望の野球部が来てくれました』と言っていただき、本当に嬉しかったです。『野球をやっている場合なのか』という厳しい声もあると思います。ただ少なくとも、僕が接してきた社内の人から、そうした空気を感じたことはありません。応援してくださる方ばかりです。都市対抗の壮行会も開いていただきましたが、皆さんの熱意を感じています」

取材に対応してくれた堀川怜央【写真:篠崎有理枝】取材に対応してくれた堀川怜央【写真:篠崎有理枝】

 堀川はすでに野球部の一員として公式戦に登板。「大学リーグの一番いいバッターが9人並んでいる感覚」と、社会人野球のレベルの高さを肌で感じている。伊藤監督は「真っ直ぐに力があるし、変化球でもストライクが取れていた。いいピッチャーになるんじゃないかと思い声をかけました。体の使い方や投げ方を含めて、これからもっと伸びると思っています」と、右腕が秘めた素質に期待を寄せる。

 まずは都市対抗、日本選手権の“2大大会”出場に貢献することが目標となる。堀川は、結果を残し続けた先に、プロへの道も見えてくると信じている。チームが都市対抗出場を果たした際には、日産入社を誰よりも喜んだ父親も応援に駆けつける予定だ。

「いい姿を見せられるように頑張りたいです」。16年ぶりに活動を再開し、再び動き出した日産自動車野球部の歴史――。今春に加わった若き右腕も、名門の新たな1ページに足跡を残していく。

(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

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