長嶋茂雄に同行も割り勘…1週間で“溶けた”「年俸の2か月分」 従業員に聞いた伊豆での真相

巨人で選手・監督として活躍した長嶋茂雄氏【写真:産経新聞社】
巨人で選手・監督として活躍した長嶋茂雄氏【写真:産経新聞社】

巨人V9戦士の柴田勲氏は「山籠もり」に志願して参加、二人っきりで自主トレ

“ミスタープロ野球”と呼ばれた長嶋茂雄さんが逝去して、6月3日でちょうど1年が経った。長嶋さんの8歳年下の後輩で、スイッチヒッター初の通算2000安打に到達し、セ・リーグ最多の通算579盗塁もマークした柴田勲氏は、巨人9連覇の偉業を一緒に成し遂げた間柄。「長嶋さんと二人っきりで『山籠もり』をしたのは、僕だけなんですよ」。82歳となった今、プロ9年目の自主トレを回想した。

 1970年の新春1月12日。長嶋さんと柴田氏は、静岡県・伊豆大仁のホテルで朝6時に起床した。長嶋さんは「山籠もり」と称し、当地でスタートを切るのが恒例でこの時は4度目。だが、ペアを組むのは初めてだった。

「僕はその2年前に監督の川上(哲治)さんから『長打力を活かして欲しい』とスイッチを止められ、右打席だけで臨んでいた事がある。1年目はホームラン26本でしたが、翌年は良くなかった。それで長嶋さんに打撃を見てもらいたくてお願いしました。『おおーっ、いいよ』と快く受けて下さったのです」

 目覚めるや、まずは麓の大仁高校まで走る。運動部の生徒たちが朝練をしており、そこに混じって体育館でバスケットや卓球。授業が始まる頃には、校庭の片隅で素振りやトスバッティングをこなす。ホテルまで走って帰り、食事をした後は少し眠って一休み。午後から再び高校のグラウンドで鉄棒、階段上りなどで体をいじめ抜く。宿舎に舞い戻れば、お互いの打撃フォームをチェック。夕食後もピンポン球のような小さく柔らかなボールを打ったり、素振りの繰り返し。「真面目にハードにやってましたよ」と回顧する。

 長嶋さんの徹底した体調管理にも気付かされた。「食材はカロリーを計算していました。僕なんかは好きなだけ飲んで好きなだけ食べてきたというのにね。マッサージの先生も連れて来られていて1日2回、入念に受けていた。練習でさえ、まだ自主トレの時期というのにこれだけの量をこなすんだと驚いていたのに。もう何から何まで長嶋さんは違ってるんです。あらためて『この人は凄い』と感じ入りましたね」。

後輩への責任感で例年と違うハードな内容、でも「疲れるだろ」とゴルフ休日も設定

 流石はスーパースターの自主トレ。ところが、である。ホテルの従業員の声が聞こえた。「今年の長嶋さんは随分と練習をされるんだね」。はてなマークが頭に浮かんだ柴田氏は意味を訊ねた。「普段は本当に一人でのんびり山籠もり。山をゆっくり登ったり、散歩に行ったり。その程度だったそうなんです」。長嶋さん本人にも問うと、「もともとはキャンプに入る前の気分転換。激しいトレーニングをする期間ではなかったのです」。

 実はこの年も1日だけ急きょ“休日”が設けられた。「長嶋さんが仰るんです。『オイ柴田、毎日これだけ体を動かしていたら疲れるだろ。息抜きに行こう』と」。この日ばかりは近隣のゴルフ場でゆったりとプレーを楽しんだ。

 柴田氏は1年限定のハードな山籠もりに感謝する。

「いつもなら高校に行ったりはしていなかったはずです。長嶋さんは生徒たちを見かけて、ああいう天真爛漫な人だから『おー、君たち朝早くから練習か?』なんて言って輪に飛び込んでいってくれた。おかげで長嶋さんと僕の2人とも練習に入れてもらって。でも生徒さんたち、バスケも卓球も強かったなぁ」。

 1週間ちょっと濃密な時を過ごした。自覚を促す部分もあったのか、「山籠もり」の費用は割り勘だった。「年俸の2か月分ぐらいの給料を使いましたよ」。柴田氏は笑った後、長嶋さんへの想いを言葉に込めた。「僕がどうしてもと頼んだので、連れて行く事になった。引き受けたからには、『柴田に対して責任がある』と感じられていたのでしょう。一生懸命に面倒を見ていただいたんだなと思います」。

(西村大輔 / Taisuke Nishimura)

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