長嶋茂雄だけ“特別待遇”…コーチから不満の声 大切にしたマイルール、心地よかった時間

巨人で選手・監督として活躍した長嶋茂雄氏【写真:産経新聞社】
巨人で選手・監督として活躍した長嶋茂雄氏【写真:産経新聞社】

巨人V9戦士の柴田勲氏、遠征先でも長嶋さんだけは「別格でした」

「ミスター」と呼ばれ、誰からも愛された長嶋茂雄さんが逝去して1年が経った。長嶋さんの8歳年下の後輩でスイッチヒッターの外野手として通算2000安打に到達し、セ・リーグ最多の通算579盗塁もマークした柴田勲氏は、巨人9連覇の黄金期に一緒にプレーした。当時の遠征では旅館が宿舎で、一人部屋は監督だけ。コーチも含め相部屋が当たり前の時代だった。柴田氏は昭和40年代後半、甲子園球場での対戦に備える兵庫県芦屋市内の旅館では長嶋さんと二人、同じ部屋で過ごした。「ミスター」の様子とは―。

 柴田氏は真っ先に食事時の風景を口にした。肉が看板の旅館だけにメインは肉料理が並ぶ。メチャクチャ美味しいのだが、「その中でも長嶋さんの肉だけは別格でしたね。柔らかそうで」と思い出す。「お手伝いさんが、わざわざ『はーい、これは長嶋さんのお肉です』なんて言いながら料理を運んで来るし、板前さんまで『こちらは長嶋さん用です』と。あるコーチなんか『何で長嶋だけ違う肉なんだ』と文句を言ってましたよ」。

 しかし、長嶋さんのメニューを観察していると発見があった。「ナイターが終わった後の食事ではステーキが出るんですけど、長嶋さんだけは夜、それを食べない。その分、試合前のお昼はしっかりステーキを食べる。それ以外はほとんど魚でした。煮魚とか焼き魚とか和食が中心。長嶋さんなりの体の調整をされていたのでしょう」。

 入浴前が素振りタイム。長嶋さんが繰り出すバットで空気を切り裂く音がする。

「僕はずっと見てなくちゃいけない。すると『どうだー? 柴田』って声が掛かり、『長嶋さん、いいですよ』なんてチェックする訳です。納得されると『おっしゃー、じゃあ明日はこれで行くぞ』と肯く。その後で『じゃあ、お前のを見てやる』となる。僕のスイングにOKが出れば『よし! それじゃ、きょうの結果はもう忘れて風呂に入ろう。考えるのは明日の事だ』。いつも、そんな感じでしたね」

 歴史的な強打者からマンツーマンで技術指導を受け、なおかつ気持ちの切り替え方まで学べる。これ以上ない程に贅沢な時間だった。

「オイ柴田、いつまで寝てるんだ。メシ行くぞ」

 長嶋さんは早く就寝した。午後11時頃には布団の中でぐっすり。理由は明確である。「朝も早く起きて、6時半頃には芦屋川の辺りを散歩に行かれます。帰って来てシャワーを浴びる。それが長嶋さんの日課みたいなもんでしたから」。

 もっとも同部屋とはいえ、柴田氏と長嶋さんのスタイルはそれぞれ違って当然だ。

「僕の方は夜、そんなに早くは寝れませんからねぇ。外へさらに飯を食べに出たりして、深夜の2~3時頃に帰る。眠っている長嶋さんを起こすわけにはいかないので、そーっと部屋に入る。長嶋さんは長嶋さんで、僕の睡眠を邪魔しないように朝、静かに出ていく。シャワーを浴びた後も、まだ僕が数時間しか眠ってない事をよく分かってるんです。部屋にいない。お茶かコーヒーでも飲むなど、どこかに行ってくれていたのかなぁ……」

 そしてお昼。長嶋さんが部屋に戻る。「オイ柴田、いつまで寝てるんだ。メシ行くぞ」。耳元で声がするのがお決まりだった。

 ちょっと年は離れているけれど、兄弟のような信頼関係。阿吽の呼吸で、遠征地でのサイクルが回っていた。「僕はお昼は、まだ起きたばかりだから食べたくなかったんだけどね」。82歳の柴田氏はいたずらっぽく笑った。

(西村大輔 / Taisuke Nishimura)

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