回り道の果てに、母校へ
母校の監督という夢を叶えた男が、伝統と革新を抱えてグラウンドに立っている。東京・八王子に広大なキャンパスを構える工学院大付――。近年、最新鋭のデジタル機器を駆使した科学的トレーニングで注目を集めているが、それだけではない。指導体制、施設、文化、そして夏への思い。雨宮啓太監督が語るすべてに、この場所への愛がにじんでいた。
雨宮監督の野球人生は地元八王子の少年野球から始まった。工学院大付から日本体育大学へと進んだが、大学で大きな試練に直面する。「怪我でプレーを続けるのが難しくなった。やるからにはレギュラー、ベンチ入りを目指したかった。でも体がついてこないならば、早めに指導者の世界に行った方がいいと考えました」。怪我という挫折が、指導者への道を早めた。
教員を志していた雨宮監督は大学卒業後、八王子シニアのコーチを務めながら教員採用試験に挑んだ。倍率30~40倍という超難関の時代、4年間の講師生活を経て念願の東京都教員として採用。赴任先の中学校で野球部顧問となり、いつかは母校の監督をという夢を胸に指導の基礎を築いていった。
そんな中、母校から1本の電話が入る。恩師の後任として白羽の矢が立ったのだ。迷いがなかったわけではない。「当時は結婚したばかりで、公立教員という安定した立場を捨てることに迷いはありました。でも、妻が『やりたいなら決めたら』と言ってくれた」。そのひと言が背中を押した。
母校に戻り3年目から監督に就任したが、スタートは平坦ではなかった。「監督・責任教師・助監督・マネジャーをすべて1人で兼ねていた時代がありました。夏の大会は球場運営に行き、その間の練習を副校長先生や中学野球部監督にも見てもらう。球場から帰ってきてから選手の状態を確認する日々が3年続きました」。
そんな姿を見て周囲が動き出す。都立高校で監督を歴任したアドバイザーの三品孝、責任教師の髙岸稔コーチ、実務を支える塚本和也コーチが加わり、体制は徐々に充実していった。「人との繋がり、縁には本当に感謝しています」。体制の変化は選手との向き合い方も変えた。以前をよく知る卒業生からは「先生、昔は全然グラウンドにいなかったのに」と冗談を言われるが、「生徒たちは困ったときに頼れる大人を必要としている。今の体制になってようやく1人1人としっかり向き合えるようになりました」と、その言葉を笑って受け止める。
選手全員が丸刈り「同じ姿で一致団結したい」
工学院大付の大きな特徴は充実した練習施設だ。隣接する大学の野球場を全面使用でき、高校グラウンドには屋根付きバッティングケージも備える。リニューアルされたウエイトルームにはラプソード、ブラストといった最新計測機器が並ぶ。「工学院らしさを考えたとき、科学の力で野球を解明していくのは一つの形だと思っています」。
さらに大学と共同でVRやタイミングについての研究も展開している。自分のデータを客観的に見て、大学生からのフィードバックを得ることによって気づきが生まれる。こうした取り組みは競技以外の形で野球に関わる選択肢も広げている。野球は好きだけど実力面で続ける自信がないという中学生に「こういう関わり方もあるよ」と伝えると、目が輝くという。今まさに男子マネジャーがデータ分析に前向きに取り組み、その選択肢を体現している。
一方、グラウンドを見渡すと選手全員が丸刈りという伝統的なスタイルを貫いている。コロナ禍に雨宮監督自ら髪型自由化を提案したとき、当時の主将がこう言った。「高校野球は丸刈りで頑張ると決めている。コロナで仲間に会えない今だからこそ、全員で同じ姿で一致団結したい」。その言葉がそのまま文化になった。「最新機器を使う一方で、2年半という限られた時間に何かを捧げる古臭さがあってもいい」と雨宮監督は言う。
甲子園については「虎視眈々と狙っています」と言い切る。八王子勢として先行した八王子高校に続く2番手を自認しつつ、明大八王子、聖パウロ学園、八王子実践、八王子高校がひしめく西東京の激戦区で頂点を目指す。合言葉は「真剣に楽しむ」だ。「勝負のピリピリした場面でヘラヘラするのではなく、やってきたことを出す喜びでニコニコできる。WBCのベネズエラのような、勝つか負けるかの瀬戸際で最高の表情を見せる。ベンチもスタンドも指導者もみんなで同じ方向を向く。これができたら最高にいいなと思っています」。
夏の大会が終わると、工学院大付にはラストノックがある。負けた後、球場で解散せず必ず学校へ戻る。控えの選手やスタンドの3年生は負けた瞬間に終わりを実感しにくい。だから学校に戻り、もう一度ユニフォームに着替え、泥んこになるまでノックを受ける。保護者に見守られながらけじめをつけるその姿を、1年生もしっかり目に焼き付ける。これが一体感を生む良き伝統となって今も生き続けている。
取材を終える間際、雨宮監督は弾けるような笑顔を見せた。「毎日が楽しい。最高ですよ」。母校のグラウンドに立ち続ける永遠の野球人は、今日も選手たちと同じ方向を向いている。
【筆者プロフィール】豊嶋 彬(とよしまあきら)・1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。
(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)