「僕は弱い人間」黒田博樹が明かした“男気”の原点 NY時代を支えた恩師…マイアミでの再会

  • MLB
  • 2026.06.08
WBCで再会したボーリング氏(右)と黒田博樹氏【写真:事務所提供】
WBCで再会したボーリング氏(右)と黒田博樹氏【写真:事務所提供】

「ニューヨークのマウンドに上がるのは覚悟がいることです」

 日本では広島一筋を貫き、メジャーではドジャース、ヤンキースという名門球団でプレーした黒田博樹氏には、通算20年のキャリアの中で忘れ得ぬ出会いを幾度か経験している。その一つが、ヤンキースをメンタル的側面から支えるチャド・ボーリング氏との出会いだ。

 現在は「Organizational Performance(組織パフォーマンス)」部門の上級部長という肩書きを持つボーリング氏は、ヤンキースにメンタルトレーニングやメンタルスキルという概念を定着させた功労者。2005年にメンタルコーチとして入団して以降、選手が秘める可能性を試合で最大限に発揮できるよう、スター軍団をメンタル面から支えてきた。

 ヤンキースと言えば、メジャー屈指の伝統を誇る人気球団だ。1901年の創設以来、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジョー・ディマジオら歴史に残る偉大な選手を輩出。リーグ優勝41回、ワールドシリーズ(WS)制覇27回と圧倒的な成績を残している。常勝軍団として地元ニューヨークのファンから寄せられる期待は高く、熱狂的な応援を受ける一方、その目は厳しい。黒田氏もまた「ニューヨークのマウンドに上がるのは覚悟がいることです」と振り返る。

先発日のルーティンに組み込まれたボーリング氏とのセッション

 確かに、黒田氏がマウンドへ向かう時はいつも、何が起きても動じない覚悟を漲らせていた。「これが最後の登板になっても悔いのないように」と厳しい表情を浮かべながら、時には感情をむき出しにして必死で腕を振る姿は、まさに「戦う男」だった。だが、意外にも先発マウンドへ向かう前は、常に恐怖との戦いだったという。

「僕はそんなに強い人間ではないので、試合によってメンタル的に揺れ動く部分もあった。毎試合、体のコンディションが変わるように、メンタル面も変わることがあったので、チャドと一緒にメンタルを極力一定に保つ作業に取り組みました」

 アスリートはそれぞれ独自のルーティンを持つことが多いが、黒田氏も例外ではなかった。先発日にはクラブハウスを出てブルペンへ向かう時、その道中にあるボーリング氏のオフィスに寄り、心のスイッチを戦闘モードに切り替えたという。それは地元ニューヨークに限らず、すべての遠征地で実施された。

「集中力を高め、恐怖心を振り払って戦うマインドに持っていくために、色々なサポートをしてくれました。時には気持ちを高揚させる動画を作ってくれたり、時にはどんな思いが浮かんでいるのか、耳を傾けてくれたり。5分から10分程度の短いセッションでしたが、チャドのオフィスでマウンドを極限まで高めてから、ブルペンに向かうのが僕のルーティンでした」

 黒田氏は「僕は全然強くない、弱い人間です」と繰り返すが、「それを認めないと先発日のルーティンは備わらなかった」とも言う。自分が弱いことを認めたからこそ、闘争心をかき立てるルーティンを取り入れ、衆人環視のマウンドで全力で投げることができた。「彼との出会いは大きかった。年齢的にもパフォーマンスを上げるのに苦しくなった時期でもあったので感謝しかない」と最敬礼を送る。

ボーリング氏のオフィスに飾られている絵が忘れられないという【写真:事務所提供】
ボーリング氏のオフィスに飾られている絵が忘れられないという【写真:事務所提供】

温厚な人柄がマウンドでは一変…黒田氏の心に残る1枚の絵

 忘れられない絵がある。ヤンキースタジアムにあるボーリング氏のオフィスに飾られている、元同僚で通算256勝を誇るアンディ・ペティート氏を題材とした絵だ。普段は温厚なペティート氏だが、マウンド上で捕手のサインを見る目は鋭かった。

「僕の一番好きな絵なんです。それはアンディが捕手のサインを見る時の絵で、顔全体を隠すように構えるグラブの上から、眼だけが鋭く出ている。試合の中でまさに戦っている時の眼で、明らかに殺気を帯びているんですよ。マウンドに上がる時のマインド、恐怖心を振り払って戦う姿勢。アンディもマウンドに上がると人が変わる、典型的な投手でした。僕はその絵がすごく好きで、写真を撮らせてもらい、今でも大切に持っています」

WBCではジーター氏とヤンキース退団後、初めて再会【写真:事務所提供】
WBCではジーター氏とヤンキース退団後、初めて再会【写真:事務所提供】

WBC解説で訪れたマイアミで繋がった縁

 今年3月、解説者として2026ワールド・ベースボール・クラシック™(WBC)の決勝ラウンドが行われたマイアミを訪れた。舞台となったローンデポ・パークで懐かしい顔を見つけ、思わず頬が緩んだという。黒田氏の視線が捉えたのは、米国代表の投手コーチを務めていたペティート氏、そして同じく米国代表でメンタルコーチを任されていたボーリング氏だ。

「WBCでは色々な再会がありましたが、一番嬉しかったのがチャド、そしてアンディですね。この2人と再会できたことに、何か大きな繋がりのようなものを感じました。チャドとの出会いが、僕のニューヨークでの3年間を素晴らしいものとしてくれました」

 イタリア代表のフランシスコ・セルベリ監督とはヤンキースでバッテリーを組み、WBCが現役最後となったクレイトン・カーショーとはドジャース時代にキャッチボールパートナーだった。恩師でもあるジョー・トーリ氏、攻守で何度もサポートしてくれた“キャプテン”のジーター氏……。現役時代に生まれた縁が、時を経て再びマイアミで繋がったことが嬉しい。

「野球界は広いようで狭い。どこかで必ず繋がるものです。僕がヤンキースですぐに馴染めたのも、その前に松井秀喜が築いてきた信頼があるからこそ。僕自身もメジャーでは『次に来る日本人選手のために中途半端な姿は見せられない』と思って、ずっと投げていました。WBCで各国代表に元チームメートが関わる姿を見ると、改めて繋がりを感じましたね」

 黒田氏がドジャース、ヤンキースで戦った7シーズンの軌跡は、今、メジャーの舞台で戦う日本人選手たちへ、確実に繋がっている。

黒田氏の2ショット写真ギャラリー

  • クレイトン・カーショー氏と

(佐藤直子 / Naoko Sato)

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