40度の高熱で休養も…監督激怒「自己管理不足」 シーズン初日に覚悟した2軍落ち

広島時代の西田真二氏【写真提供:産経新聞社】
広島時代の西田真二氏【写真提供:産経新聞社】

「練習しない」で有名も…西田氏は苦笑「普通の練習はしましたよ」

“練習をしない天才”と言われた。元広島外野手の西田真二氏(野球評論家、香川オリーブガイナーズアドバイザー)はプロ2年目の1984年、開幕・中日戦(4月6日、広島)に代打で出場してサヨナラ打を放った。インパクトある活躍で好スタートを切ったが、実はこれ、いきなり“背水の闘い”でもあった。開幕前に体調不良で2日連続練習を欠席。「自己管理不足!」と古葉竹識監督から叱られたなかで結果を出したのだ。

 ドラフト1位外野手としてのルーキーイヤーの1983年、西田氏は59試合に出場したが、スタメンに名を連ねたのは、当て馬からの出番も含めて4試合だけ。あとはすべて代打だった。その流れのまま、2年目に突入。開幕中日戦は2-2の9回裏2死二、三塁で代打起用され、中日・牛島和彦投手から右越えサヨナラ打を放ち、勝負強さを見せつけたが、それは、ある意味、古葉監督との“バトル”でもあったという。

 西田氏は苦笑しながら、こう明かした。「開幕前に風邪をひいて練習を2日間休んだんです。40度くらい熱が出てね。古葉さんに怒られました。自己管理ができていないってね。それでも古葉さんは、あそこで僕を使ったんです。たぶん、打たなかったら即2軍ですよ」。コンディションは最悪だった。「本当に体がしんどくて、緊張感がなかった。体の力が抜けていた。それで何気なくバットを出したらフォークボールが引っかかって、ライトオーバーになったんです」。

 そんな西田氏のことを「練習しない天才打者」と評する関係者は多いが、本人は「みんな、いろんなところでいい加減なことを言っているけど、普通の練習はしましたよ。当たり前じゃん。ただ、みんなはそれ以上のことをやるわけでしょ。特打ちとかね」と話す。「(2年目の開幕)サヨナラヒットも“開幕前練習を2日間、無断欠席しながら打った”とか言われたみたいだけど、そんなことをするわけがない。ちゃんとマネジャーに連絡していました。していなかったら、えらいことになっていますよ」と笑い飛ばした。

「まぁ、俺の“グラブが座布団みたいだった”っていうのは合っていますけどね。あれは捕りやすかったんで……。磨いていなかったとか言われているみたいですけどね」とも話したが、そんな“伝説”が数多くあるのも、実際に天才的な打撃で結果を出したからだし、チーム内外の誰からも愛される明るいキャラクターだったからこそだろう。

元広島・西田真二氏【写真:山口真司】
元広島・西田真二氏【写真:山口真司】

忘れない開幕戦のサヨナラ打…2年目は71試合で打率.247、2HR15打点

 広島入りしてから西田氏の愛称は「トラ」になった。「ひとりでフラフラしているからフーテンのトラだ、ってことだったんでしょうね。(守備走塁コーチの)小林(正之)さんにつけられたんじゃなかったかな。確かに、あまり群れることはなかったような気がする。まぁ、そう呼ばれても別に違和感はなかったですよ。だって俺は“(和歌山市立)河西中の虎”だったから。長ランに刺繍していたんですよ。“虎”って」と言って、また大笑いだ。

 開幕代打サヨナラ打でスタートした2年目は71試合、97打数24安打(打率.247)、2本塁打、15打点。代打中心ながらも、スタメン出場機会は1年目よりは増えた。初めて3番で起用された9月22日の中日戦(ナゴヤ球場)では4番・衣笠祥雄内野手、5番・山本浩二外野手と大打者2人とともにクリーンアップを形成し「古葉さんも思い切ったことをやったよねぇ」。さらにはリーグ優勝も初めて経験した。

「だけど、やっぱり代打はね、しょせん脇役なんですよ。ただ、あの年、開幕戦で(サヨナラ打を)打ったっていうのは、やっぱり印象に残っていますよねぇ。(先発完投の)北別府(学)さんに勝ち星をつけることもできたしね。あの時は古葉さんも“トラはやっぱりやるのぉ”みたいな感じになったんじゃないかなぁ。俺がそう思っているだけかもしれないですけどね」。西田氏は懐かしそうに話した。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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