ギャルに憧れるも…両親に“強制”された野球 「もう最悪」が一転、渇望した日の丸ユニ

元阪神タイガースWomenの田中亜里沙さん…現在はキッチンカーで飲食販売
元阪神タイガースWomenの外野手だった田中亜里沙さんが野球メディア「Full-Count」の取材メンバーの一員に加わることになった。2019年から女子プロ野球リーグに2年間在籍し、2021年から阪神タイガースWomenの1期生としてプレーした。2024年限りで現役を引退した田中さんが“元プロ選手”の視点で、主に阪神の選手や首脳陣らを直撃する。
ユニホームからエプロン姿がメーンとなった田中さんは現在、キッチンカーのスタッフとして活動中。「めっちゃくちゃ暑いんですよ。車内は40度を超えることもあるんです」と汗を拭う。野球の大会会場などに出店し、現地を盛り上げている。
小学1年時に兄の影響で高槻リトルリーグ(現・関西北部リーグ高槻チーム)で野球をはじめた。中学進学時は、バレーボールをしていた両親の意向で強豪の金光大阪の付属へ進学。しかし「中学にはバレー部員がいなくて、高校生と練習するように言われたんです」。未経験ゆえに練習についていく自信がなく、断念した。
当時は「野球もするつもりはなくてギャルになろう!」とおしゃれを楽しむつもりでいた。「でも両親はそうなってほしくなかったみたいで、野球チームにぶち込まれました。『もう最悪!』って感じでした」。中学硬式野球チーム「高槻シニア」へ入団した。
チームでただ一人の女子選手ということで練習メニューは配慮されていたが、父が「女の子だからって手加減しないでほしい」と監督に頼んだことで、練習内容や扱われ方に性別の差はなくなった。それでも思春期全盛の年頃だけに、会話した男子選手は同僚からからわれる。田中さんからは話しかけづらい環境で「誰とも馴染めませんでしたね」と振り返る。
だからこそ福知山成美高、大阪体育大の女子硬式野球部での日々は楽しかった。「やっと仲間ができたというか。性別を気にしなくていいし、ずっと話していられるし」。ようやく野球を好きになることができて、スキルも上がった。

3度の侍ジャパン女子代表候補入りも…届かなかった最終メンバー
高校と大学の7年間で、侍ジャパン女子代表の候補選手として3度リストアップされた。「次はいけるかも、次はいける」と思いながらも最終メンバーには1度も選ばれなかった。「結局、大学卒業までに日本代表にはなれなくて。それなら当時、女子野球の最高峰である女子プロ野球へ挑戦しようと思ったんです」。
プロ1年目の2019年、シーズン開幕後すぐにプロ初アーチを記録した。2021年の阪神タイガースWomen加入後も主軸打者として活躍した。阪神4年目のシーズン前、選手同士の交錯により顔面を骨折。以降、下位打線に置かれることが増えた。世代交代の空気が漂っていると感じ「ここが引き際かな」。27歳で引退を決意した。
「4年間、阪神の伝統ある縦縞のユニホームを着ましたが、毎年嬉しくもあり、あの重みは特別でした。なんだか背中がピシッとなるというか。私を大きくみせてくれるユニホームでした」。今年4月、大の阪神ファンだった父がこの世を去った。何度も田中さんの進むべき道を示し、スポーツの楽しさを教えてくれた。
今度は取材者としても野球界に関わることになる。「私自身、人の話を聞くことが好きなので、私のインタビューをきっかけに、より阪神タイガースを知っていただければと思います」。新たなチャレンジへの意気込みは十分。初めての取材では阪神の平田勝男2軍監督へのインタビューを敢行し、新たな1歩を踏み出した。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)