衣笠に代打→呼ばれた3年目の若造「おいおい」 ナインからも厳しい視線、困惑した指揮官の判断|球界群像 西田真二#14
元広島・西田真二氏【写真:山口真司】広島OBの西田氏が忘れぬ代打、大打者がまさかの交代
元広島外野手の西田真二氏(野球評論家、香川オリーブガイナーズアドバイザー)は、代打の切り札として若手時代を過ごした。大事な場面で登場するため、エース級やクローザーとの対決も自然と増えたが、特に相性がよかったのは中日の牛島和彦投手だ。古葉竹識監督も熟知しており、プロ3年目には鉄人・衣笠祥雄内野手に「代打・西田」のシーンも。「あの時は……」と打席に入った“当事者”が思い起こした。
1985年5月19日の中日戦(ナゴヤ球場)でのことだった。0-1で迎えた9回。中日先発の杉本正投手が2死満塁のピンチを招いて降板。2番手に牛島が上がり、打席には衣笠。ここで古葉監督が「代打・西田」を告げた。1983年に2000安打を達成し、リーグ優勝した1984年は打点王のタイトルに加えてMVPにも輝いた。通算本塁打はすでに400本を超え、連続試合出場も継続中の大打者をスパッと代えたのだ。
西田氏も当然、驚いた。「だってね、衣笠さんはネクストにいたんですよ。(打席に)出て行こうとしていたわけですから。そんなところで古葉さんが『トラ(西田氏の愛称)!』って。“おいおい”って思いましたよ。衣笠さんの気持ちを考えたらねぇ……。例えば、阪神の時の金本(知憲外野手)の打席で、若造を代打に出すようなもんですよ。そんなのできないでしょ。星野(仙一)さんもしないでしょ。でも古葉さんはやったんですよ」。
指揮官の采配が的中も「やっぱりプレッシャーが」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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