村上と岡本の“決定的な差” 裏にある『レバレッジ』とは…日本人打者のABSチャレンジ評価、浮かび上がった損得
積極的にABSチャレンジを行使している村上宗隆【写真:アフロ】ABSチャレンジの価値は一様ではない
2026年、MLBにABSチャレンジシステム(AutomatedBall-StrikeChallengeSystem)が導入された。日本人選手では村上宗隆内野手(ホワイトソックス)の2球連続のチャレンジ成功は記憶にある方も多いかもしれない。従来では成しえなかったストライク・ボール判定への対抗は、選手やファンが判定への溜飲を下げやすくなった点で大きな意味を持つ。しかし、この新ルールを深掘りすると、野球的な価値との紐づけにより、新たな不均衡も見えてくる。(データは6月17日時点)
チャレンジ権は試合開始時点で各チームに2つ付与され、チャレンジの失敗でその権利を失う。延長に入ると、各イニングでチャレンジ権の残りが0のときに限り追加で1つ付与される。また、チャレンジ権の行使は当該投球に関わる投手・捕手・打者が自己判断で申請しなければならない。限られたチャレンジ権を有効に使うためには、各状況におけるチャレンジの価値を理解することが必要だ。
ストライクをボールに、ボールをストライクに覆すことは、平均的には得失点的尺度で0.148点ほど、勝率的尺度で1.28%ほどの影響がある。ただ初球とフルカウントでの誤審の影響度、初回とサヨナラの機会での誤審の影響度が違うように、各状況におけるチャレンジの価値は等しくない。チャレンジが成功した際の影響度の分布を示した以下の図1からも分かるように、どちらも右裾の重い分布となっており、少数の影響度の大きい場面がその分布を歪めている。
図1:1.8点ほどの得点価値、50%前後の勝率変化になる状況も存在するこの場面による重要度の違い=レバレッジは、ABSチャレンジを語る際に無視できない要素となる。いくらチャレンジの成功率が高くても、それらがレバレッジの低い状況に偏っていれば、その貢献度は限定的となり、野球的にはチャレンジが上手いとは言えないのだ。
各状況でのチャレンジの価値とそれに対応する確信度とは
野球は他のスポーツと比べて各状況(アウト・イニング・点差など)を離散的かつ有限の組み合わせとして表現しやすいスポーツではあるが、それでも数多くの状況が存在する。以下の図2は12通りのピッチカウント、24通りのアウト・走者状況について、チャレンジ成功時におけるそれぞれの得点期待値の変動=得点価値を示したものである。
図2:三振や四球を決定づけるカウント、とりわけフルカウントでの得点価値の大きさが目立つ感覚とも一致する部分は多いだろうが、初球とフルカウント、走者なしと満塁のように、無視することのできないチャレンジの影響度の差が確認できる。ここでは全状況の詳細は割愛するが、得点価値という観点ではピッチカウントの12通り×アウト・走者状況の24通りの計288通りの状況をベースに考える。例を挙げると、2死走者なし初球の状況では、チャレンジ成功による得点価値は0.03点ほどしかないが、2死満塁フルカウントでは1.77点ほどもある。
このような各状況におけるレバレッジと紐づくのが、選手が各投球に対して持つストライク確率というチャレンジにおける確信度だ。極論を言うとストライクゾーンと投球の通過位置を完璧に把握しているならばこれらのレバレッジを考慮する必要はない。当然どのような状況においても不利な判定を覆すのは有利であり、チャレンジ権も消失しないからである。しかし現実には、選手が持つ情報はストライク・ボールという2値ではなく、ストライク確率40%といった連続的な情報だ。
打者視点では、ストライク確率40%と判断した投球がストライク判定されたとき、チャレンジが失敗する確率も40%と見なせる。この「チャレンジ権を失う」リスクと先述した得点価値(または勝率変化)とを照らし合わせることで、チャレンジするか否かの判断が導かれる。この確信度の目安となる、ストライクゾーン境界からの距離とストライク判定率の関係を以下に示す。
図3:ゾーン境界がちょうどストライク確率50%、そこから2.5mm内外にズレるだけでストライク確率が10%変動するという現代のMLB審判の優秀さも見て取れるこの審判によるストライク判定のモデルを打者や投手・捕手がチャレンジ機会に考慮する確信度に活用できる。打者や投手・捕手もまた、想定するゾーン境界からの距離をもとに各投球のストライク確率を無意識のうちに計算しているからだ。投手・捕手の場合はこのストライク確率がそのまま成功確率=確信度となり、打者の場合は(1-ストライク確率)が成功確率=確信度となる。
このモデルは日々の観戦でも即座に活用できる。MLB中継でチャレンジがあると、その投球のゾーン境界からの距離が画面に表示されるが、上図が示しているように、ゾーン付近は1インチあたりにストライク確率が30%変動する線形モデルと見なせる。例えば、ゾーン境界から0.5インチ外れた投球に対して打者がチャレンジをした際は、確信度65%でのチャレンジと見なし、フルカウントなら前掲の図2よりチャレンジ成功で0.6点ほどの得点価値があるので0.6×0.65=0.4点の期待得点価値を想定したチャレンジと見なせる。
2025年のAAA、2026年のMLB(6月17日時点)では平均的なチャレンジの得点価値は0.1点ほど(50%の成功確率、0.2点の成功時得点価値)なので、0.4点の期待得点価値なら合理的である可能性が高いといった簡易的な判断ができる。
もちろん本格的な評価では考慮する要素はさらに増える。ここでは打者視点でのチャレンジの評価を実際にあった村上の2つのチャレンジ機会を例として以下の図4で掘り下げる。
図4:そのチャレンジによる期待獲得得点価値 – そのチャレンジによる将来の期待喪失得点価値から合理性を測る ※1チャレンジしない場合の将来価値を点差・イニング・残り権利数から予測①。チャレンジした場合の即時の期待得点価値は成功時の得点価値×成功確率(ボール確率)②。チャレンジした場合の将来価値は成功確率×チャレンジしない場合の予測将来価値+失敗確率×権利数を1つ減らした場合の予測将来価値③。①と②+③の比較。明らかなボールをストライク判定されたチャレンジ行使例と、どちらとも言えないほど際どいボールをストライク判定されたチャレンジ未行使例を示している。結論として、これらはどちらもチャレンジすべき投球ではあるが、その文脈には違いがある。
明らかなボールをストライク判定された4月9日の例は、状況からも想定できるようにチャレンジ成功による得点価値は0.070点しかないが、打者が高い確信度でボール球と見積れれば、失敗時のチャレンジ権消失による将来価値の喪失を加味してもチャレンジをすることが合理的になる。実際に村上は迷わずチャレンジ権を行使しており、選球と判断を高く評価できる。
際どいボールをストライク判定された5月12日の例は、村上が迷いながらもチャレンジを行使しなかったようにゾーン境界までの距離は1ミリもなく、完璧な選球眼をもってしてもどちらか判断がつかない投球だった。ただ、それでもこの投球はチャレンジを行使すべきと言える。1点ビハインドの5回裏2死二塁という状況に加え、ピッチカウントは2-2でありストライクの重みが大きい状況だ。
さらには三振や四球を決定づけるカウントでは、打者の打力の影響も受けやすくなる。四球や三振の価値は打者間で同一であるので、もともとの期待値が低い打者は四球を獲得するチャレンジの得点価値が、もともとの期待値が高い打者は三振を回避するチャレンジの得点価値が大きくなるのだ。村上を強打者と見なすと、この場面では他の打者よりも三振を回避するチャレンジは積極的に行うべきと言える。
このようにABSチャレンジの評価には、先述してきた野球の構造に加え、細かい条件や仮定も必要となり、難易度の高い新ルールと言えるだろう。肝となるのは「レバレッジ×確信度」という考え方であり、選手は各状況の重要度の把握や各投球に対するストライク確率の定量化の精度によって、この新ルールへの対応に明暗が分かれそうだ。
日本人打者のここまでを振り返る
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