元助っ人左腕を変えたDeNAでの2年間 覚醒呼んだ環境と新球「自信を取り戻せた」

2024年からDeNAでプレーしたケイは今季からホワイトソックスに所属
昨季までDeNAでプレーしたホワイトソックのアンソニー・ケイ投手が、メジャーの舞台で奮闘している。大学時代を過ごしたコネチカット州の地元紙「ハートフォード・クーラント」が、「日本へ渡り、そして戻ってきた。元コネチカット大のスターがMLBの劇的な立て直しに貢献している」との見出しで、現在に繋がる日本時代の経験を伝えている。
2024年に41勝121敗だったホワイトソックス。「野球史上でも最悪クラスのチームの一つだった。そして今、2026年は違うカルチャー、違う姿勢を持つ、全く別のチームになろうとしている。(ケイが)劇的な復活を支える要因の1人となっている」と紹介した。
31歳の左腕は、2016年にメッツからドラフト1巡目後半で指名された。プロ入りした年にトミー・ジョン手術を受け、メッツ傘下で頭角を現し始めた2019年にブルージェイズにトレード移籍。主にリリーバーとして起用され、マイナーとメジャー、カブス、メッツを渡り歩いた末に、日本に渡った。
「もう一度先発がしたかった。日本へ行って自分のやりたいことをやるという素晴らしい機会を得たんだ」とケイ。「環境に馴染み、シンカーを習得したことがすごく助けになった。自分への自信を大きく取り戻すことができたんだ。メンタル面もフィジカル面も本当にすべてが、以前ここにいた頃とは完全に違っている」と振り返った。
DeNAでは2024年に24登板で6勝9敗、防御率3.42でリーグ3位からの日本シリーズ制覇に貢献。2025年は24登板で9勝6敗、防御率1.74と抜群の安定感を披露した。
大学時代の地元紙「国外への“脱出”は大きな価値を持つものになった」
記事では、NPBは奪三振でなく弱い打球を打たせること、早いカウントでアウトを取り長いイニングを投げることが重視されたことに言及。日本でも屈指のゴロとフライの比率(GB/FB Ratio)をマークし、健康状態とフォームの改善によって速球の球速も95マイル前後まで伸ばしたことに触れた。
ケイ自身も「日本では、100〜120球は投げてほしいと求められる。7、8回まで投げることを期待されるんだ。投手はみんな複数の種類のファストボールを投げていた。フォーシーム、ツーシーム、カッターとかね。僕は(ツーシームは)まさに自分に欠けていた球種だと感じた。ある日、握って投げてみたらすごく良かったんだ。1年目はプレーオフに入ってから少し多めに投げるようになって、それが2年目の圧倒的なゴロ率と成功につながった」と語る。
ホワイトソックスでは今季、15登板(13先発)で6勝2敗、防御率4.61。メジャー経験は多くはないが、若手の多いチームの中で貴重なベテランとして牽引している。
「ケイは、自分の投球をするために日本へ行く必要があった。一度でも悪いパフォーマンスをすればマイナー降格や戦力外の脅威にさらされないような、先発として投げることができる環境を求めて。国外への“脱出”は大きな価値を持つものとなった。そして戻る準備が整った時、再び自分の投球ができるチームを選んだ。ホワイトソックスには失うものがほとんどなかった。そして今、勝つために必要なツールを手に入れたように見える。アンソニー・ケイはその1人だ」と同紙。ロングアイランドの自宅から約7000マイル離れた日本での2年間は、大きな“転機”となった。
(Full-Count編集部)