5月24日のヤクルト戦を最後にNPBを引退、退団して家族の元へ
突然のことだった。5月24日、DeNAでプレーしていたダヤン・ビシエド内野手がNPBを去った。ほとんどのチームメートが知らされたのは前日夜のこと。横浜スタジアムで行われたヤクルト戦は7回2死から代打で登場して空振り三振に倒れ、これがラストゲームとなった。
試合は1-0で勝利。サプライズで呼ばれてお立ち台に上がったビシエドは「皆さん最後までたくさん声援を送っていだいてありがとうございました。横浜に来てからどんなときも素晴らしい声援を送ってくれたので、とても力になりました」と涙を流した。
開幕から1軍に同行していた選手が、シーズン真っ只中に引退を決めたどころか、退団して任意引退選手として公示されたことは極めて異例だ。「タンケ」の愛称で親しまれた37歳の決断は、ファンだけでなく、選手やチーム関係者にも大きな衝撃を与えた。
竹田祐投手もまた、その1人だった。ビシエドは2016年に来日して中日で9シーズンを過ごし、2024年限りで退団。2025年7月にDeNA入団が発表された。2軍施設に初めてやってきたとき、この年ルーキーだった竹田の口から最初に飛び出したのが「写真撮ってください!」だったのだ。理由は単純で、熱かった。
「中日の選手としてずっと見ていて、好きな選手でした。キッカケは覚えていないですけど、すごいバッターでしたし、いつもニコニコしている人柄が好きでした。(ビシエドの)入団が決まって、一緒に野球をするのがうれしくて(写真を)お願いしました」
本拠地でのシート打撃で「『ホームラン打ってください』って言ったら…」
2024年ドラフト1位右腕は、2025年8月16日の中日戦(バンテリンドーム)でプロ初登板初先発を果たすと、7回2安打無失点の好投でプロ初勝利。この年6登板で4勝1敗、防御率1.69の好成績をマークした。
憧れだったビシエドと同じ試合でプレーした日々を「投げ終わったら声を掛けてくれたり、打たれたときも声を掛けてくれたりしたので、一緒に野球ができて楽しかったなと思います。思っていた通り、優しい人でした」と感慨深げに振り返った。
今年5月4日の広島戦。先発した竹田は初回にいきなり坂倉将吾捕手に満塁弾を浴びて4失点。結局6回5失点という不甲斐ない投球だったが、味方打線の大量援護に助けられ、チームは11-8で勝利した。「自分は結構『ああ……』って感じで気持ちが落ちてしまっていたんですけど、『チームが勝ったんだから』って励ましてくれたこともありましたね」。感謝は尽きない。
忘れられないのは、今年の春季キャンプ後に横浜スタジアムで行われたシート打撃でのこと。「『ホームラン打ってください』って言ったらその打席で本当にホームランを打ってくれて。一緒に喜んだのが思い出に残っています」。そう話す竹田の目は輝いていた。
突然のNPB引退は「本人の思いもあると思うので受け止めました」
帰国前にチームメートでビシエドとの食事会を開催した【写真:関根大気のインスタグラムより】
そんな“兄貴”との別れ。竹田は5月20日に出場選手登録を外れていたため、1軍でラストゲームを見届けることはできなかったが、家族のもとへ戻るための離日前に最後に食事をともにすることができた。託された、短くも温かいメッセージを、胸に刻む。
「頑張れっていうことと、『ちょっと力が入りすぎだから、ゆっくりやっていけ』ということは言われましたね。すごく仲良く喋ってくれたりもしたので、引退はすごく寂しかったです。でも本人の思いもあると思うので、そういうことかと思って受け止めました」
プロ2年目の今季、先発ローテーションの柱として期待された竹田は、開幕ローテーション入りを果たしたものの、ここまで5登板で1勝3敗、防御率6.04と期待を大きく裏切り、現在は2軍調整を続けている。
苦しむチームが巻き返しを図るために、背番号12の力は必ず必要となるだろう。
「いろいろ力が入っていることがたくさんあると思うので、1回リセットして、この期間をいい期間にして、またステップアップしていきたいなと思います。本当にチームにも迷惑をかけていると思うので、なんとか今からでも戦力になれるように頑張ります」
遠く離れた場所から見守ってくれるビシエドへ――。感謝を示す“報告”は、自身とチームの勝利だ。
(町田利衣 / Rie Machida)