野手転向5年目でブレークへ、DeNA勝又温史の秘めた「才能」 名コーチが明かす糸井嘉男との“共通点”

2日の広島戦に出場したDeNA・勝又温史【写真:井上学】2日の広島戦に出場したDeNA・勝又温史【写真:井上学】

日本ハム時代から“名伯楽”と呼ばれるDeNA・大村巌1軍打撃育成コーチ

 DeNAの“遅咲きの新鋭”が1番打者としてブレークしつつある。プロ8年目の勝又温史(かつまた・あつし)外野手は投手としてプロ入りするも芽が出ず、4年目から野手に転向した。右投げ左打ちの26歳は今季、4月11日に1軍昇格を果たすと快打を連発し、打率.313、2本塁打、22打点、出塁率.326をマークしている(成績は2日現在)。そして“恩師”の大村巌1軍打撃育成コーチは、日本ハムコーチ時代に糸井嘉男氏の野手転向にも携わった名伯楽である。

 相川亮二監督も「見ていてワクワクする選手です」と目を細める。2日に本拠地・横浜スタジアムで行われた広島戦。「1番・左翼」でスタメン出場した勝又は、初回先頭で初球のストレートを積極果敢に打って出た。打球は一塁手のミットを弾いて右前に転がり、14試合連続安打。直近7試合連続で1番を任され、期待に応えている。

 2018年ドラフト会議でDeNAから4位指名を受け、東京・日大鶴ケ丘高から投手として入団した。しかし3年間芽が出ず戦力外通告を受け、改めて野手として育成契約を結ぶことになった。時を同じくして2軍打撃コーチに就任したのが、大村コーチだった。

 大村コーチは日本ハム2軍打撃コーチ時代の2006年にも、投手として入団した糸井氏の3年目での野手転向に携わっている。また、同じくプロ入り後に投手から野手へ転向し成功を収めた雄平氏(楽天打撃コーチ)とも、旧知の間柄だった。

「嘉男(糸井氏)がやっていたこと、雄平から聞いたことを勝又に話して聞かせました」と大村コーチ。「彼らの共通点は、死ぬほどバットを振ったことです。嘉男は“超人”などと呼ばれますが、実像は違います。彼は“努力の天才”です。投手から野手に転向するということは、スタート時点で練習量において同年代の選手に何万スイング分もの差をつけられています。『まずは数多くバットを振ることができて、何球でも打ち込める体をつくらないと、話にならないぞ』と伝えました」と力を込める。

日本ハム時代の糸井嘉男氏(左)とヤクルト時代の雄平氏【写真:荒川祐史、写真提供:産経新聞社】日本ハム時代の糸井嘉男氏(左)とヤクルト時代の雄平氏【写真:荒川祐史、写真提供:産経新聞社】

「型をつくってから結果を出す選手が多い中、彼は形にこだわらない」

 勝又は真面目で、大村コーチの助言を受け入れる素直さもあった。大村コーチは野手転向直後の勝又が時おりバットで地面に線を引きながら、素振りをしている姿を見かけたことがある。「『何をやっているんだ?』と声をかけると、10スイングごとに線を1本引き、“正”の字を描いていた。1日1000スイングをめどに、それ以上振っていたと思います」と振り返る。

「勝又には“続ける才能”があります。半年たち、1年がたつうちに、スイングスピードが変わってきました。最初の段階で土台の部分をつくれたと思います」と目を細めるのだった。

 だからといって、いきなり結果が出たわけではない。野手転向2年目の2023年オフに、ようやく支配下登録を勝ち取る。昨年5月1日に1軍初昇格を果たし、7試合で打率.333(9打数3安打)の数字を残すも、同30日には2軍へ戻された。そして満を持して今季、1番打者としてレギュラーに定着しそうな勢いを見せている。大村コーチは「今季は反応スピードが上がり、1軍投手の速球を打てるようになってきました」とうなずく。

 成長途上だからこその魅力もあふれている。「勝又はまだ、いい意味で野性のままプレーしています。打順が1番でも4番でも9番でも、打撃が変わることはありません。打順によって役割を考えるのはまだ先の段階で、徐々に教育していきます。人生には階段があり、小学生に東大の入試問題を解かせてもしょうがないですから」と笑う。

 打撃スタイルもまだ固まっていない。大村コーチは「勝又の魅力の1つは、型にはまらないところです。型をつくってから結果を出す選手が多い中、彼は結果を出すために形にこだわらない。とにかく振るんだ、当てるんだという気持ちが前面に出ています」と評する。そして「僕は才能のある選手に制限をかけたり、フレームにはめ込んだりしたくない」と付け加えた。

DeNA・大村巌1軍打撃育成コーチ【写真:小林靖】DeNA・大村巌1軍打撃育成コーチ【写真:小林靖】

6月13日のロッテ戦でプロ初本塁打「関わってくださった全ての方に感謝」

 遅咲きの部類だが、大村コーチは「ひょっとすると、本格的にプロの打者になったのが遅かった分、細胞は若いかもしれない。50歳になっても打っているかもしれない」と先入観を排除して考えている。

 プロ3年目の25歳シーズンから野手に転向し、6年連続打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞受賞の快挙を成し遂げ、35歳シーズンの2016年に自己最多の53盗塁をマークして初の盗塁王に輝き、最終的に41歳までプレーした糸井氏と重なるようだ。

 勝又自身は6月13日、敵地ZOZOマリンスタジアムで行われたロッテ戦でプロ初本塁打を放つと、お立ち台で「僕に関わってくださった全ての方に、感謝の気持ちでいっぱいです。僕が打って周りの方が笑顔になってくれることが一番うれしいです」と泣かせるセリフを吐いた。慢心も浮かれたところも見られない。リーグ5位に低迷中のチームにあって、まばゆい希望の星だ。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

RECOMMEND

CATEGORY