“昭和気質”の熱血指導から脱却 初戦敗退の常連からシード校に…淑徳・中倉祐一監督の「異質」な育成論

淑徳・中倉祐一監督【写真:編集部】淑徳・中倉祐一監督【写真:編集部】

東東京のシード校、淑徳・中倉祐一監督の指導論…「やらせる」を手放した日

 スポーツ推薦も特待もない進学校である淑徳(東東京)が、この夏、初のシード校として頂に挑む。第108回全国高等学校野球選手権大会東・西東京大会が開幕。同校はかつて、学年に選手が10人いるかどうかのチームで、初戦敗退も珍しくなかった。その淑徳を17年で“有力校”へと変えたのは、中倉祐一監督が自ら「異質」と呼ぶ育成論だった。弱点を入口でさらけ出し、入学が決まった選手にも模試を課す。なぜ、勝ちにいくチームが、弱点を隠さないのか――。その問いの先に強くなった理由があった。

 淑徳には、他の強豪校のような特待や免除の制度が何一つない。中倉監督がその実情を明かす。

「基本は学力です。学力や資格試験に加えて野球の実績で少し補って、入学許可が出ることが少しある、という形です」。門をたたく生徒は全員、大学進学を見据えて入ってくる 。夏に引退した3年生は、すぐ受験勉強に切り替わり、その大半が一般入試で大学へ挑む。野球はあくまで、学びの土台の上にある。

 2008年秋に就任した中倉監督も、はじめから今のスタイルだったわけではない。就任当初は、いわゆる“昭和気質”の熱血指導にすがっていた。「練習量だけは、どこにも負けないくらいやらせていました」。それが一つの意地でもあった。だが、足し算のように時間を積み上げても、チームは3回戦、4回戦の壁を破れない。結果の出ないジレンマを抱えた指揮官に、最大の転換期が訪れる。

 きっかけは、コロナ禍だった。活動が制限され、全体練習が物理的に不可能になる。やらせる練習ができない以上、選手を信じ、自主に委ねるしかない。やがて活動が再開し、久しぶりに集まった選手を見て、目を疑った。「戻ってきたら、みんな鋭い打球を打つんです。なまっているどころか、キレがいい」。制限の中で、選手たちは自らシニアやクラブのグラウンドに足を運び、練習を重ねていた。

「極端に制限されると、うちの子たちでも自発的にやるんだな、と気づかされました」。中倉監督はここで指導方針を180度転換する。やらせるのではなく、選手の自主性を引き出す。理想として描くのは、狭いグラウンドで60人が10種目も20種目も違うメニューを、各自で考えながら同時にこなす光景だ。「全員で同じノックを待つような『待ちの世界』ではなく。それを見て、面白いなと思えるチームでありたい」。

甲子園出場を目指す淑徳ナイン【写真:編集部】甲子園出場を目指す淑徳ナイン【写真:編集部】

体験会でさらけ出す“弱点”、スローガンは「東の聖地から西の聖地へ」

 その思想は、“入り口”から徹底される。淑徳の体験会で中倉監督はまず弱点をすべてさらけ出す。専用グラウンドが校内になく、移動が必要だという現実も包み隠さない。「至れり尽くせりではないからこそ、自分で考えて動く覚悟があるか」。引退したばかりの3年生にも中学3年の自分を思い出させ、「なぜ淑徳を選んだのか」「入学前の想定と現実のギャップ」 を本音で語らせ、中学生に等身大の未来を見せる。

 中倉監督の言う「異質」さを象徴するのが、学力データへのこだわりだ。進学が決まった中学生にすら「最後まで勉強を続けなさい」と命じ、模試の結果を提出させる。「勉強で(進学が)決まったあと、どう行動したか。それが、野球の土壇場での成長にそのまま直結するんです」。中学時代は偏差値40台。それでも淑徳を志し、最後の模試で60台中盤まで伸ばして入学した部員が、3、4番手の投手から最後の夏には「1番・中堅」の座を奪い取ったこともあった。

 選手起用も独特だ。「長所を伸ばす、というより、私の場合はチームの最適化なんです。今、サードが欲しいとする。そこに必要なのは誰か。パズルのピースをはめる感覚に近いです」。過去の実績は問わない。目の前のプレーで、チームに必要な能力を示せば抜てきする。1年時に2打席連続本塁打で鮮烈にデビューした岩橋和志外野手(3年)も、三塁を守る谷津遼太郎内野手(1年)も、中学時代は控え。必要なピースとして、グラウンドに立った。

 淑徳が掲げるスローガンは「東の聖地から西の聖地へ」。東は東京大会の舞台・神宮球場、西は甲子園だ。指導陣には東京六大学に携わった顔ぶれも多く、東の聖地・神宮球場で戦えること自体に、誇りを抱いている。「群馬出身の私には、すぐ近くに神宮球場という素晴らしいステージがある。甲子園を諦めるのではなく、そこを通らなければ西へは行けない」。

 初のシードでも、指揮官は冷静だ。「うちのようなチームが、横綱相撲できるわけがない。相手がどこだろうが、1戦1戦どう勝つか、それしか考えていない」。弱点を、逆転の発想で強みに変える。考える力を持った球児たちの夏が、また幕を開ける。

【筆者プロフィール】豊嶋 彬(とよしまあきら)・1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。

(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)

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