冷静に自己分析する姿は、新人とは思い難い。それもそのはず。堅田高から大阪大谷大を経て、矢場とんブースターズでプレー。社会人の名門・王子を経てついにプロ入りを果たした26歳だ。
特に持ち味といえるのは、最速152キロの直球に次ぎ、投球の約31%を占めるチェンジアップだろう。奪三振のうち60%をチェンジアップで決め、空振り率は27.7%、被打率.094だ。
「高校時代に投げ始めたときから、ずっとあの感じなんです。独特だってよく言ってもらうんですけど、特に何も考えずに投げていました。決め球とかはあまり意識していなくて、とりあえず奥行きのボールとして使えればと思っています」
そしてまた落ち着いた表情で言う。「これからデータを取られていくし、最近振ってもらっていないので、もっと研究しないといけないっていうのはあります」。
九谷といえば、切っても切れないのが「矢場とん出身」という、プロ野球選手としては超珍しい経歴だろう。そもそも堅田高時代の最高成績は滋賀大会ベスト8、大阪大谷大でも4年間2部で過ごし、決して強豪校でプレーしたとはいえなかった。
大学卒業後に身を置いたのが、名古屋名物みそかつの老舗「矢場とん」の野球部「矢場とんブースターズ」だった。クラブチームであり、練習時間は限られる。九谷自身も店舗でホールスタッフとしての勤務を経験。平日は午前に練習して午後から夜まで店舗勤務、閉店後に個人トレーニングを行い、試合のない土日は朝から夜まで店舗に立つハードスケジュールだった。「とにかく仕事が忙しくて野球に打ち込めない時期もあったので、そこは大変でした」と振り返る。
しかも半年間は、常に行列ができる名古屋駅地下の店に勤務。たくさんのアルバイトをまとめながら、お客さんの目の前で秘伝のみそだれをかけ続けた。「まあ結構、テキパキやっていましたよ。取り仕切りながら、みんなで協力して。でも大したことないですよ」と謙虚に笑った。
念願叶い矢場とんとのコラボグルメ「九谷瑠ひれかつサンド」発売
プロ入りへの最後の望みを懸け、2025年から王子に入社。同年の都市対抗野球で3勝を挙げて優勝に貢献し、MVPに値する「橋戸賞」を手にした。そして10月、ドラフト会議で名前が呼ばれ、ついに夢を掴んだ。入団から半年が過ぎた今、初々しい思いを明かす。
「あまりプロ野球を見ていなかったんですけど、もちろん有名な選手とかは名前も顔も知っているので、テレビで見たことがある人と対戦しているんだなって感じながら投げています。すごいところに来ちゃったなって。まだ信じられないというか……。プロ野球選手になった実感はまあ湧いてはいるんですけど、本当に来ちゃったんだなって感じています。でも本当に充実している毎日です」
開幕1軍を手にしたあと、3試合に登板。4月2日に出場選手登録を抹消されたが、5月8日に再昇格した後は貴重なブルペンの一角として君臨する。5月下旬にはコラボグルメとして、矢場とん「九谷瑠ひれかつサンド」の販売も開始された。「ありがたいですよね。本当に」と目尻を下げると、「おいしいのでぜひ。オススメです」とちゃっかり宣伝も忘れなかった。
初めて過ごすプロでの長いシーズン。移動も多く、先輩たちの“遠征グッズ”を見ながら真似するなど、走り抜くための研究も欠かさない。
シーズンも後半戦。「まずは怪我なく完走すること。その中で、与えられたところでしっかり仕事をすることを目標にやっていきたいと思っています」。シーズン中の監督交代など苦しむチームの中で、九谷の奮闘は確かな“光”となっている。